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「リスキリング」という言葉との出会い〜日本における浸透の歴史〜

1. Technological Unemployment(技術的失業)とは


2014年、NY出張中に「コンピューター化の加速により、2045年に米国の全雇用の47%が失われるリスクがある」という、オクスフォード大学のマイケル・オズボーン教授(当時は准教授)が書いた論文 "The Future of Employment"を読み、衝撃を受けました。

Technological Unemployment(技術的失業): テクノロジーの導入によりオートメーション化が加速し、人間の雇用が失われるという社会的課題

彼の雇用が失われる未来に関する予測が僕の生き方に大きく影響を与え、この技術的失業に対する解決方法について、国際会議で出会う方々と議論する日々が始まりました。

2. 「リスキリング」という言葉との出会い

初めて「リスキリング」という言葉を知ったのは今から5年前の2016年、テック企業の海外営業をしていたとき、アメリカ出張中のことでした。当時のアメリカは丁度現在の日本のような状態、デジタル化をどう推し進めるかという議論が活発になされていた時でした。AIやブロックチェーンといった最新テクノロジー分野の国際会議に出席していると、必ずと言っていいほどデジタル人材育成に関するブレイクアウトセッションがあり、その中で耳慣れない"Reskilling"という言葉を頻繁に耳にするようになったのです。当時は日本の英和辞典にもreskillingという言葉は掲載されておらず、類推してスキルの再習得を指していると理解しました。また、当時の米国における議論では、デジタル化はマストだが個人情報等のプライバシーや倫理的な問題、そして未曾有のデジタル人材不足についてどうするのか、に対して答えがない状態でした。

転機が訪れたのは2017年8月、サンフランシスコで開催されたSingularity University Global Summitに参加していた際のことでした。Singularity Universityはテクノロジーを活用して社会課題を解決するシリコンバレーの研究機関です。Technological Unemployment(技術的失業)を解決するために、リスキリングが有効なのではないか、そして雇用が失われる可能性がある従業員をデジタル分野等の成長産業での就業を可能にすることができるのではないか、というアイディアが紹介されており「これだ!」と衝撃が走りました。

そして2018年8月の同Summitでは、技術的失業を防ぐため従業員のリスキリングに特化したカナダのAIプラットフォーム、SkyHiveのデモを見て感銘を受け、「是非、日本市場での展開を僕にやらせて下さい!」と創業者にLinkedInで連絡し、頼み込みました。残念ながら当時はまだ創業まもないタイミングだったので、日本展開する余裕はまだないとの回答でした。しかし、抽象的なリスキリングという言葉だけでなく、AIプラットフォームを見ることで具体的なリスキリングの進め方のイメージが沸き、事業しての可能性もあることを確信したのです。帰国後、興味を持ちそうな企業や関係者たちにリスキリングの重要性について問いかけを始めました。

3. 日本における「リスキリング」を広める活動


2018年、3年前に日本でリスキリングを広める活動を始めたのですが、当時は担当と思われる省庁や大企業の方たち、スタートアップの人たちと話しても、ほとんど好意的に理解をしてもらうことができませんでした。Facebookなどでリスキリングに関して書いても、ほとんど反応もなく。。。一つの理由は、当時の日本では人生100年時代のリカレント教育というコンセプトを推し進めていたことがあったかもしれません。技術的失業を防ぐためには、リカレント教育のように長期的にゆっくり取り組むような余裕はなく、短期間でリスキリングを行う必要があることをことあるごとに出会う人たちにその重要性について話をしました。今振り返ると、あまりに無力な個人の努力でした。デジタル・トランスフォーメーションに成功してゆく米国を始めとした海外諸国ではリスキリングについての議論が活発になり、焦燥感が募るばかりでした。

2019年8月のSingularity University Global Summitでは、ついにSkyHiveの創業者Sean Hinton氏とアポイントが取れ、ミーティングを持つことができました。僕は、「技術的失業の波は必ず日本にも来ます。日本ではまだ誰も『リスキリング』という言葉を知りません。まず僕が日本でリスキリング市場を創るから、SkyHiveの日本事業をやらせて下さい!」と頼み込みました。今考えれば大きなことを言ったのなぁと思いますが、それから2年間、SkyHiveのアップデートやニュースを見るごとに、LinkedInで連絡しアピールを続け、ました。

幸運なことにAI分野の事業開発や研修運営の仕事に関わることができるようになり、テクノロジーの浸透によるオートメーション化がもたらす技術的失業についてのリアリティと向き合うことができるようになりました。リスキリングについて本格的なリサーチを始め、海外の先進事例などを持つ国や企業、スタートアップとのネットワークを構築し、リスキリングのノウハウについての学びを加速させてゆきました。

4. リクルートワークス研究所でのプロジェクト採択


日本で「リスキリング」を広め、市場を創るにはどうしたら良いか頭を悩ませ続けました。海外では、国や大企業が積極的にリスキリングに取り組んでいたので、日本でも省庁や大企業にアプローチしたのですが、日本ではアプローチを変える必要性に気づき、「リスキリング」という新しい取り組みや、技術的失業を防ぐごとに興味を持ってくれそうなところはどこか、に着目しました。

なんとか考え続けた末に、働き方や失業をテーマに取り扱う研究機関に話を持ちかけるのが良いのではないかという結論に辿り着いたのです。そこで、以前プロジェクトでご一緒させて頂いたことがあるリクルートの人事分野のシンクタンク、リクルートワークス研究所に連絡してみようと思ったのですが、以前ご一緒した方達は全て退職してしまっていました。奇跡的に、銀行時代の同僚だった石原直子氏が、編集長(当時)として機関紙Worksで「人事のAI原則」という先進的な特集を発刊したことをFacebookで知り、すぐに連絡を取ったのです。2019年11月、久しぶりに再会し、日本における技術的失業の可能性や海外でのリスキリングへの注目について話したところ、一瞬でその重要性について理解をしてもらえることができました。「一を聞いて十を知る」人とはまさに、という素晴らしい出会いでした。

何度か打ち合わせを重ね、ついに2020年4月、リクルートワークス研究所の年間研究プロジェクト「DX時代のリスキリング」として採択してもらうことができたのです。

私も特任リサーチャーとして7月から正式にプロジェクトに参加し、様々なリスキリングに関する研究、発表を行うことができるようになりました。2020年10月、研究チームの総力を結集し、日本で初めてリスキリングに関するレポートの第1弾「リスキリング〜デジタル時代の人材戦略〜」を発刊し、日本企業に向けてリスキリングに関する提言を行うことができました。

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このレポートが発刊されて以来、少しずつリスキリングに対して注目されるようになってきました。中でもメディア向けに開催したリスキリング勉強会では、日本経済新聞の記者の方が特にリスキリングについて関心を持って下さり、取材を通してリスキリングの重要性についてお伝えすることができたかと思います。


5. 2021年は日本におけるリスキリング元年


2021年1月1日、ついに日本経済新聞で初めて「リスキリング」という言葉を紹介してもらうことができました。まさに、「2021年は日本におけるリスキリング元年」となりました。

2021年3月、リクルートワークス研究所の1年間のリスキリング研究プロジェクトの集大成として、リスキリングに関するレポートの第2弾「リスキリングする組織〜デジタル社会を生き抜く企業と個人をつくる〜」を発刊しました。

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このレポートの発刊に合わせ、Works Symposium「DX×人材×スキル~リスキリングの時代~」を開催し、多くの企業の皆様にご参加を頂き、大盛況の中一年間のプロジェクトのフィナーレを迎えることができました。以下はシンポジウムの動画になります。

第一部: 研究報告

第二部: ケーススタディ

第三部: パネルディスカッション


6.一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ設立


1年間に渡るリクルートワークス研究所の研究プロジェクト「DX時代のリスキリング」が終了し、引き続き日本においてリスキリングを定着させてゆくために、今年4月、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立しました。お陰様で多くの方々のご協力を頂いて素晴らしい方々をアドバイザリーボードにお迎えし、前述の先進的なリスキリング・プラットフォームを展開するSkyHive創業者のSean Hinton氏もご参画頂くことができました。活動内容としては、大きく分けて、2つのプロジェクトを開始しています。

1つ目は、

「『攻め』のリスキリング」
 日本企業のデジタルトランスフォーメーションを支援

2つ目は、

「『守り』のリスキリング」
 技術的失業を防ぎ、労働者の雇用を守る支援

今年8月には日本経済新聞に取材して頂き、8月11日から3日連続で日本経済新聞の朝刊一面でリスキリング特集が掲載されました。SkyHiveの取り組みについても紹介されています。

9月19日には日本経済新聞朝刊の総合一面にて、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブの構想と取り組みについて取り上げて頂くことができました。


現在、素晴らしいパートナー企業、NPOの皆様のお力添えを頂き、様々なプロジェクトを開始することができました。詳細については改めてご紹介させて頂きたい思います。

7. さらなる「リスキリング」の浸透に向けて


今では「リスキリング」という言葉を新聞やビジネス誌の記事で見ない日はないくらい、注目が集まるようになってきました。3年前、無謀にも1人でリスキリングを日本で広めようと試みていた頃に比べると、本当に隔世の感があります。真面目な顔で、「リスを殺すプロジェクトか何かですか?」と言われて心が折れそうになったこともありました(笑) 。最初のゼロイチのリスクを取り、本気で取り組んで下さったリクルートワークス研究所の皆様には、本当に感謝しきれません。

一方でまだまだ日本における一般的なリスキリングに関する認知度は低く、政府や企業で本格的にリスキリングプロジェクトが導入されているとは言い難い状況にあります。巨額の予算を投じて国家戦略としてリスキリングに取り組んでいるデジタル先進国と比較すると、数年分の周回遅れの状態であると言わざるを得ません。

現在水面下で、各省庁、デジタル先進企業、人事分野のテックスタートアップ等、様々なリスキリングに関する取り組みやプロダクト開発が始まっています。今から大事なことは、デジタル導入により日本企業の生産性を向上、事業構造転換を成功させ、技術的失業を防ぎ、労働者の雇用を守ることができるよう、リスキリングを産学官民が連携する一大国家プロジェクトとして昇華させてゆくことです。省庁や企業グループの縄張り意識による旧来の「縦割り」文化に飲み込まれ、個人の出世のための道具として利用され、成果を見ないまま単なる一時のバズワードとして忘れ去られてゆく可能性も否定できません。

一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブは、リスキリングに成功している国家施策や先進的な海外企業の成功事例をベンチマークに、様々なステイクホルダーの皆様と協力しながら日本でのリスキリングプロジェクトを成功に向けて様々な取り組みを展開してゆきます。

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