管弦楽法のバスクラリネットの項を再考する③:重音

※シリーズ「管弦楽法のバスクラリネットの項を再考する」第3回です。前回はこちら(↓)


重音について話したいと思います。重音とは読んで字の如く幾つかの音が(同時に)重なりあっている状態、ですね。単音楽器であるバスクラリネットにおいて、複数の音を同時に創出できるなんてありえるの?と、お思いになったそこの奥さま!それがあり得るんですよ!が、おそらく想像されているようないわゆるキレイでうつくしーい感じの音は出ません!(笑)ですが、とってもユニークでおもしろい音を聴くことができますし、それもまた(通常の音では体験することができないような)ある種のうつくしさを秘めていたりするのです。
さて、ここでは、2種の重音について記述してみます。


①通常ではあり得ないような運指を利用して創出するケース:多くの場合、重音という言葉が指し示しているのはコチラ(当社比)

まず特殊な運指を用いて重音を生み出すケースです(つまり、通常ではあり得ないような運指を用いることで、ゲームでいうところのバグのような感じで、すなわち楽器の機構の抜け道を利用して重音を得ようと、おそらくそのような説明がわかりやすいんだろうと思います、たぶん…)。こちらを用いたい場合は、この特殊な運指(無数にある)、の運指表が必要になるかと思いますが、例えばHenri Bok先生『New Techniques for Bass Clarinet』等の市販の書籍に掲載されているものを参照することもできますし、案外ネットで「bass clarinet multiphonics」などと検索しても(信憑性の問題云々は抜きにして)出てきますので、そちらを参照するのもよいでしょう。
…ということで、こちらにチャートを掲出することはいたしませんが、ここでは、この奏法の注意点のみ述べておきたいと思います。それはなんといっても、得たい重音を創出するために、アンブシュアや唇の圧力を通常奏法から若干の変化を加え工夫しなければならない、ということはもちろん、そもそもリードや使用している楽器(メーカー・年代)によっては、表の通りの運指を使用しても演奏が不可である場合もある、ということです(このような現代音楽ピリオド問題は、重音のみならずさまざまな側面で問題となっています)。
よって、あなたが作曲家である場合には、初演される奏者の方に実験に協力していただき、演奏可能な重音を見つけ記譜する、という作業を負うべきでしょう(フィンガリングについても記載すべきでしょう)。では、その作品が他の奏者によって再演が期待される場合は、どのような工夫をすればよいのでしょうか。例えば、重音の構成音にこだわりのない場合は、ニュアンスだけ記載し、任意の重音で演奏するように、などと注釈をつけておけば、奏者は各々の好きな重音を選択することができます(fしか演奏できない重音、pしか演奏できない重音、割合オールラウンダーな重音、などいろいろあるので、ニュアンスは記載すべきです。とはいえサキソフォンとは異なり、fのニュアンスは思った通りにいかないことが多いのですが…)。しかし、セリーやピッチ・クラスや、ハーモニーの関係で、どうしてもこの音は欲しい…等の望みがあることも多いかと思います。その場合、諸々の指定はした上で、変更が必要な場合、できる限りこの音とこの音を含む重音にしてくれよな…などと注釈をつけておけば、奏者は運指を見つけるために最大限の努力をすることでしょう(ここで1点補足ですが、重音タンギングや重音トリルはかなりシビアに選ばないと実現し得ないことは念頭に置いておくべきです。特に重音をタンギングでセパレートすることは、かなり苦手で現実的ではない場合が大半です)。
また、あなたが奏者である場合は、記載されている運指どおりに奏しているのに得たい重音が出ないという際もあきらめずに、奏法を工夫することはもちろん、指定運指から少し加減すると、まれに発露することもありますから、さまざまなアプローチでいろいろ実験してみることは有益かと思います。場合によっては、作曲家のニュアンスを汲み取って自分自身に適する運指を1から探すといった工夫が必要となることもあるでしょう。
最後に、近年の作品で、かつ楽譜の入手が容易なもので、バスクラリネットの重音を多用した実作品の例示をしておきます。ミステリアスで静謐で幽玄的な美の世界を探究されています。しかし、奏者は選ぶかもしれませんね(決して悪い意味ではなく)。

② ソン・フォンデュ、もしくは、スプリット・トーンと呼ばれる類のもの

New Sound for Woodwinds (London, Oxford University Press, 1967) にて、Bruno Bartolozziは、現代音楽は、単音と多重の音群の両方を生み出すことができるという木管楽器の二重の性質を理解することのメリットがあると言っている。バスクラリネットは、特に重音の生成に適応する。
(この種の*)多重の音群は、伝統的なフィンガリングを使うこと、そして唇の強い圧力によるアンブシュアの変更によって得られる。それらは、実際、ひとつの塊として演奏されるたくさんのハーモニクスを構成する。
*は、訳者による注

Henri Bok『New Techniques for Bass Clarinet』より
(和訳は筆者による)

前提として、木管楽器も同一の運指で、基音に対して倍音に属する音高も、すなわちハーモニクスを奏することができる、というのは周知の事実かと思います。これを利用し、難度は高いかと思いますが、練度によって、通常の運指で、かなり安定した重音を発生させることができます。原理としては、基音からハーモニクスに切り替わる「ブレイク・ポイント」上で唇をキープすることで、諸音が同時に鳴り音塊を発現させることができる、という寸法です。また、基音から高次倍音に至る道程をスムースにつなぐことによって、ハーモニクス上で、グリッサンドを奏することも可能で、とても効果的です。

注意しなければならないポイントは、この奏法を低音域以外で用いるのは効果的ではない、という点です。超低音域が最も効果的であり、そこから数度上までに留めておくのがよいでしょう。

さて、この奏法の歴史的なオリジンは、ヤニス・クセナキスかと思いますので(たぶん)、せっかくですからリンクを添付しておきましょう。

・まとめ

末筆となりますが、重音はかなり個人差・個体差が多い奏法です。再三のリマインドとなりますが、あなたが作曲家の場合、くれぐれも奏者へのリサーチを怠ってはいけません。また、あなたが奏者の場合、指示を遂行しても思うような音響が得られない場合は、さまざまな工夫を施す必要性があるかもしれないということを頭の片隅に置いておくとよいでしょう。
さて、拙作に1曲中で上記2種の重音の両方をある程度の数、用いた作品がありますので、(自分の曲を紹介するのはいかがなものかと思いつつも)せっかくですから引用させていただき、このテキストの締めとさせていただきます。


・補足(コントラバスクラリネットについて)

締めたところで恐縮ですが…1点補足を。ハーモニクスや、ソン・フォンデュなどの特殊奏法(あとはスラップ・タンギングなんかも)は、実はコントラバスクラリネットとかなり親和性が高かったりします。

コントラバスクラリネットも未だその可能性が開拓し尽くされていない楽器の代表格といえるのではないでしょうか…。


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