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注目すべきはその口の大きさ

彼のことは仮にKさんと呼ぶ。
Kさんとの仲は、まあふつう。必要があれば話をする、おなじ会社の人、といったところだ。


KさんもDさんとおなじく、これまた声が大きい。大きな声で四六時中、誰かと話をしている。

そして声の大きさでちょっと怖いDさんが唯一、小さめの声で話をする相手だ。

超がつくベテラン社員。年下の上司の隣の席で、その様子だけを見ていたらどちらが上司かわからない態度で一日を過ごし、ふんぞり返って座っている。

声が大きいことよりも、注目すべきは、その口の大きさかもしれない。口が大きい、というべきか。ウワサ話、見た話、聞いた話と、おしゃべりは止まるところを知らない。


「おぅ、元気? 今なにやってんの? ええ? いや、そりゃ仕事に決まってるわな。そうじゃなくって担当業務だよ。そろそろ異動の時期だろ、次って決まってんの?」

おおよそ三年に一回の定期異動を見越して、毎日あちこちに電話をかけている。そうやって聞き出した話を次の相手に開示して、引き換えに何か知っていることを話せと冗談めかして口にすることで、Kさんは日がな一日おしゃべりをしている。その姿はまるで、情報収集を繰り返す捜査官のようだ。


「退職金と年金と試算するExcelをさ、もらったんだよ」

そんなお知らせの電話をした翌日には、誰かが代わる代わるKさんの席を訪ねてくる。

「再雇用なんて、待っていたからって声をかけてもらえるもんでもないんだぞ。去年の先輩も、一昨年の、なにさんだっけ、ときどきこっちにも顔を出すあの先輩いるだろ、あの人も自分から動いたって言ってたぞ。ちょいちょい電話して、こんなこと考えているってアピールしていかないとダメなんだ」

誰からか仕入れたのであろう話を、来る人来る人に話して聞かせている。

こういうのは気になる人が多い話題なのだろう。Kさんの隣に座る上司の手も、しばしば止まっている。

でもさ、これでいいのかな。そんな話ばっかり、自席ですること? 上司も注意する様子もないなんてさ。いやあ、びっくりだよ。世間一般ではよくあることなの?

こんなんでいいのだろうか? 会社生活、勤務時間って?



「担務表にそちらがご担当とありましたので」

そんな枕詞に続けて初耳な対応依頼メールが届いた。これはどうしたらいいのだ。

私はもちろん、チームの数人に声をかけてもわからない。慌てる私をよそに、周囲はいつの間にか、みな目を伏せ、声をかけてくれるなという態度を示し始めた。

そんなことをされて、一体どうしろと言うのだ。他の部署に知り合いもいない一介の派遣社員になんとかできるはずがない。気付かぬふりを決め込む社員に声をかける。そっけなくあしらわれても、イヤな顔で首を振られても、諦めず、とにかく聞きまくる。だって、それしかできないのだもの。

私がギャアギャアと騒いでいるのが気になったのだろう、

「ふうん、オレはわかんないけどさ、電話して聞いてやるよ」

Kさんがスマホのアドレス帳をくるくると上下にスワイプしながら言ってくれた。

「おぅ、元気? 今なにやってんの?」

いつもはうるさいと思うKさんのお決まりのフレーズが、救世主の言葉のように聞こえる。


そうして数十分後、Kさんは何人かに電話してわかったという内容のメモをくれた。

「ありがとうございます。なんとかできそうです」

お礼を言い終わらないうちに、Kさんが手にした電話が鳴った。社内で人と話をする時でも、外線の子機、持ち歩くものかな。どんだけ電話するのよ、全く。ちょっと呆れた気持ちになる。

けど、ま、今日のところはヨシとするか。助けてもらっちゃったし。仕方ないよね。


彼はKさん。必要があれば話をする、おなじ会社の人だ。



<-ダレソレ-「注目すべきはその口の大きさ」おわり>


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