編みて職人

編み手職人を育てる

自分で仕事をするよりも、自分が思うような仕事を他の人にやってもらうことのほうが何倍も難しいのかもしれない……私がこのマガジンを通して、ファッションデザイナーの村松啓市さんの仕事を見ていて感じたことです。村松さんは「編み手職人を育てる」ということにこれまでずっと取り組んできていて、今、そこからさらに難しい取り組みにチャレンジしようとされています。

こんにちは、記者のカミュです。連載「村松啓市の仕事」では、世界で活躍するデザイナーの村松啓市さんの魅力や、その作品について、ご紹介しています。今回のテーマは「職人を育てる」です。


■就労支援B型施設へのお仕事発注

村松さんは、ご自身のニットブランド「AND WOOL」の活動の一環として、さまざまな事情から外に働きに出ることができない人のために、在宅ワークの雇用を創出するという取り組みを行っています。

提供される仕事は、ニット製品の製造過程において「どんな人が作業しても製品の仕上がりに影響しない部分の作業工程」です。つまりは、単純作業の部分。このことから、村松さんの雇用創出の活動は徐々に広がり始めていて、在宅ワークだけではなく、就労支援B型施設などにもお仕事発注をするようになっています。

村松さん:現在は静岡県内の3つの施設にお仕事を発注しています。そもそも私がこの取り組みを始めた理由の1つに「編みて職人を育てたい」ということがありました。技術者が不足する中で、職人を育てることは私たちが取り組まなければならない重要な課題です。でも職人を育てることには時間がかかる。近道がないこの「育てる」作業を、私たちはこれまで地道にやってきました。

最初は、本当に誰にでもできるような単純作業から始まったそうです。例えば「手編み機」と呼ばれる機械のレバーを左右に動かすだけ、といった作業です。

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村松さん:ニットの製造工程の中から、誰にでもできるような作業を切り出すということは、ニットの全製造工程を一貫して管理している私たちだからこそできることだと思っています。そんな中で、さらに難しい作業が可能な方には、個別に新しい仕事を振るようなこともやってきたんです。それが今、具体的な成果としてようやく形になり始めました。

ここで、この冬「AND WOOL」から新しく発売された、アームウォーマーとニット帽の写真をご覧ください。

↓ウールのケーブルアームウォーマー

アーム01

アーム04

アーム02

↓ウールのケーブルニット帽

ニット帽01

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ニット帽02

これらの「ケーブル編み」のアームウォーマーとニット帽は、「AND WOOL」がお仕事発注をしている、静岡県内にある就労支援B型施設の中でも、高い技術をもっているスペシャリストの方が作っています。この「ケーブル編み」にはとても技術が必要ということなんです。

■「ケーブル編み」の製品が生まれる背景

今回はこの製品製造の現場を担当されている「AND WOOL」スタッフの西田さんにもお話を伺うことができました。

西田さん:こちらの製品は、極細のウールを6本どりにふっくら撚った糸を使用していて、編みあがり後にかぎ針やとじ針等の編み物道具を使ってまとめ作業を行い、1点1点すべて手作業で作成しています。完成した後に、さらに柔らかな肌触りの風合いを出す加工を施した、とても丁寧に作られた製品なんです。

先ほどの写真をよく見ていただくとわかると思いますが、ケーブル部分がふっくらと盛り上がっているのがわかると思います。オートメーションの機械編みでは模様部分がもっとペタッと潰れてしまうので、なかなかこうはならないそうです。

西田さん:この製品は、具体的に言うと、お店に通って下さる地域のワーカーさん、内職という形で在宅ワークでお願いしている方、そして、静岡県静岡市清水区草薙を拠点として活動されている就労継続支援B型施設「ニット工房ライク」さんのご協力をいただきながら作成しています。

「ニット工房ライク」さんは、全国的にもかなり珍しい、編み機を使ったニット製品を知的ハンディがある方とともに、オーダーメイドで作成する活動を2002年から続けていらっしゃる事業所さんなんです。そして、このケーブル模様の入った製品を編むことができるのは、その中でも編み機の技術に特化した「スペシャリスト」2名の方だけが作ることのできるデザインの製品なんだそうです。

西田さん:どれだけこのお2人が「スペシャリスト」かと言いますと……実は「編み機で製品を作る」というのは、真っ直ぐ編むだけのストールを作るだけでも、販売できる製品を作れるようになるには時間が必要なんです。というのも、編み機は手編みよりも早く編むことができますが、ちょっとした糸の具合などで編み目にトラブルが起こることが多く、それにすぐ気づけたり、編み目を直したりできるようになるには、たくさん数を作って経験を積む必要があるからです。

実際の作業風景がこちらです。あの美しいケーブル模様は、微妙な力加減や微妙な角度など、感覚的に身につけた技術があってこそ実現できるんですね。「単純作業」とは言えないレベルの繊細な感覚がそこには必要だということが、この動画を見るとわかります。

ここまでのことができるようになるまでには、おそらく長い道のりがあったのではないでしょうか。

西田さん:そうですね、一番悩んだのは、知的ハンディがある利用者さんにどうやって伝えたらいいのか?ということでした。私たちも勉強させていただきたいという気持ちで「ニット工房ライク」のオーナーの増田さんにいろいろなお話を伺いました。そのときに増田さんがおっしゃっていたことは「作る楽しさと喜びを感じてもらえるように工夫してきました」ということでした。ライクさんは、2時間くらいでできて「自分で作った!」「できた!」という達成感を味わえる小物を受注して作業することからスタートしたそうなんです。完成品を自分でも身に着けられるような、マフラーやアームウォーマーを作って、「また作りたい!」「次は違うものに挑戦したい!」という気持ちになれることを一番大切にしたとおっしゃっていました。

「伝える」ということを工夫することの大切さを、西田さんは「ニット工房ライク」さんとのお仕事を通して学ばれたそうです。

西田さん:もちろん誰でも最初から上手くはいかないので、失敗することは当たり前なのですが、利用者さんの中には「失敗した」「間違えた」ということが大きなショックになってしまう方もいるので、「失敗しても大丈夫」ということを伝えられる言い方に工夫している、という話を増田さんから聞きました。例えば、「あと1つ作らなきゃダメだよ」と「あと1つで完成だよ」では、受ける印象がまったく変わってきますよね。増田さんは「言葉のマジックです……笑」とおっしゃっていましたが、褒められて「楽しい」と感じることが作る「楽しさ」に繋がるのだな、と実感しました。

「ニット工房ライク」のオーナーの増田さんは、事業所に通うそれぞれの方が自分の個性を発揮しながらいい仕事ができる環境を整えることに、本当にたくさんの工夫をされていらっしゃいます。

西田さん:私も実際にライクさんを訪問させていただいた際に、それを強く感じました。ライクの利用者さんの中には、いろいろなものを作るよりも同じものを作ることが得意な方もいれば、毎回違うものを作ることが好きな方もいらっしゃいます。一人一人のペースを見ながら、お仕事を割り振っているそうなんです。製品を作成する際には、編み機にシールで目印をつけたり、作り方をマーカーで色分けしたり、数字のカードを作ったりなど、たくさんの工夫で仕事をスムーズにできる環境を作っていらっしゃいます。

■できることが増える喜び

実は、私も「ニット工房ライク」さんを一度訪ねたことがあります。オーナーの増田さんにはお会いできなかったのですが、村松さんに連れられて、作業の様子を見学させていただいたんです。

そのときに私が一番驚いたのは、皆さんとても「明るい」ということでした。決して「暗い」と思っていたわけではありませんが(笑)でも、私がもっていたイメージとはまったく違っていました。「こんにちは」と入っていくと、スタッフの方も利用者の方も「こんにちは!」と明るく返してくださって、とても楽しそうにお仕事をされていました。

私は正直「知らない人が突然やってきた」ことで、もっと警戒されたり拒絶されたりすると思っていたんです。

村松さん:そうなんですよね。楽しく明るく作業されている現場がとても気持ちよくて、私も元気をもらえます! こういう作業場いいなぁって、お邪魔する度に思うし、もっともっと何か一緒に楽しいことをやりたい!と思います。

そしてもう1つ、私が印象的だったのが、在宅ワークを必要とする人や就労支援事業所の方にお仕事を提供することで、「本人以上に家族が喜んでくれるんですよ」というお話を村松さんがされていたことでした。

さまざまな事情から外に働きに出ることができない方たちに雇用を提供して、出来上がった製品や楽しそうに仕事をしている様子に喜んでいるのは、「本人以上に家族なんじゃないかなぁ」と村松さんはおっしゃっていました。

村松さん:こうやって、私たちの活動について話を聞いてもらったり、文字にしていただくと、とっても立派なことをやっているように聞こえてしまうかもしれませんが、まだまだ私たちの力不足や環境整備が足りてない。ということを日々感じます。毎日のように「もう少しこういう環境が整えばなぁ……」とか「ほんとはもっとこんなことができるのになぁ……」と思いながら活動しています。今回ご紹介した就労支援事業所の他にも、「AND WOOL」に通ってくださる方々、内職でかかわってくださる方々、すでにプロフェッショナルな技術をもっていらっしゃる方々も手伝ってくださったりと、本当にたくさんの人の力とたくさんの笑顔に支えられて、私たちは活動ができているんです。ですので、もっともっといい形にしていかなくてはいけなくて。でも、それが少しでもできるようになったり形になったりし始めるととてもうれしいです。「できることが増える喜び」はどんな人でも同じだと思います。 


今回もとてもすてきなお話が伺えたので、ここで私から1つ宣伝をさせてください(笑)この記事でご紹介したケーブル編みのアームウォーマーとニット帽、お待たせ致しました!この冬から、いよいよ一般販売が開始されました。さまざまな人たちの暖かい気持ちがこもった、他にはない上質な編み上がりの製品を、どうぞ受け取ってください。

(記者:カミュ)


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