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新国立劇場 オペラ「椿姫」

【過去の演奏会より】

日時;2024年5月25日(土)14時から
場所:新国立劇場 オペラパレス 4階3列**番

ヴィオレッタ:中村恵理
アルフレード:リッカルド・デッラ・シュッカ
ジェルモン:グスターボ・カスティーリョ
フローラ:杉山由紀
ガストン子爵:金山京介
ドゥフォール男爵:成田博之
ドビニー侯爵:近藤 圭
医師グランヴィル:久保田真澄
アンニーナ:谷口睦美
ジュゼッペ:高嶋康晴
使者:井出壮志朗
フローラの召使:上野裕之

合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:三澤洋史
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

指 揮:フランチェスコ・ランツィロッタ
演出・衣裳:ヴァンサン・ブサール
美 術:ヴァンサン・ルメール
照 明:グイド・レヴィ
ムーヴメント・ディレクター:ヘルゲ・レトーニャ
再演演出:澤田康子
舞台監督:CIBITA 斉藤 美穂

【演目】

G.ヴェルディ作曲 歌劇「椿姫」全幕

ヴェルディの名作「椿姫」を東京・初台の新国立劇場で味わえるというまたとないチャンスを得て、観に行くことになった。

雰囲気のある入り口周辺は新国立劇場の名前にふさわしく、シンプルで立体感があり、建物のデザインは見る角度によってまったく別の形に見える、芸術的な設計だった。これから始まるオペラへの期待感を高めるものであった。

入り口から会場内に入ると、高い天井が作り出す広い空間が広がっている。奥行きより高さのあるイメージだった。壁は木の作りでシンプル、場所によって壁面の角度を変え、他の劇場のような目立った凹凸の作りではなかった。

上層階に上がっていくと、細かくキツい階段やドアがあって迷路のようでもあった。最上の4階に上がると、舞台と巨大なオーケストラピットは遥か彼方にも思える。歌手の表情などを見るにはオペラグラスが必要だ。

しかし舞台全体はよく見渡せ、始まると音や言葉も割と近くによくわかる劇場だと思った。特に4階席は足元に足を乗せるバーがあって、膝先には余裕がないものの、前列鑑賞者の後頭部あたりまで椅子の高さが上がっているので、舞台のどの部分も視界がさえぎられることはなかった。

着席すると4階席からはオーケストラピットは完全に見えなくなった。客席数は1800ほど。オペラを楽しむには理想的だと思った。

1幕が始まった。オペラ『椿姫』のストーリーの悲劇感、不吉感を感じさせる前奏曲前の演出、そして長方形のステージを少し回転させたようなガラスのようなステージに不吉な模様や色を投射させ、そしてそれを取り囲むような鏡の壁に登場者やシャンデリアが何重にも映り込み、単純に人や物の数が倍増しただけでなく、豪華であり不思議な演出だった。出入口から差す白い光は映り込んで2倍になり、白い塔のようだったし、宙に浮くパラソルも色を変えていた。

このオペラは3幕もので2幕は2場まであるが、前半と後半に分け、幕間は暗天沈黙時間が数分間あるという、あまり経験したことのない上演だった。カーテンコールも最後の1回きりだった。これは新国立劇場の舞台装置が2部上演を可能にしていると思われるが、不案内な鑑賞者のために暗転沈黙時間にも工夫があればと思った。

原語上演では普通となった字幕は日本語のみで、左右に縦表示させていた。

2幕では奥に舞台が増えて前後にも立体感が広がった。4階席から見てもどうなっているのか、わからなかった。すごい演出だった。

3幕に入ると蚊帳のような質感の巨大なネットがヴィオレッタ以外を包み込むことによって主役を浮き立たせ、周りはこの悲劇には他人事のような雰囲気が余計に孤独感、悲劇感を増していた。舞台画面も円形に絞り、演出、デザインの素晴らしさがここにもあった。

舞台上のセットは古風な彫刻のあるピアノがただ一台、これを移動させたり回転させたりしてテーブルにも、お立ち台にも、椅子にも、そしてなんとベッドにも使っていたのは驚いたし、見事だった。

最後にヴィオレッタが倒れないで幕切れとなったのも印象的で、ヴィオレッタの魂は生き続けるといったメッセージのように受け取れた。

そしてなんと言っても合唱とオーケストラは圧巻だった。国内や海外(ミラノ・英国・ローマなど)と比べても超一流だった。合唱のディナーミク、アゴーギグ、そしてバランスはまさに聴衆を陶酔させる絶品レベルだった。また演出も適当なところはまったくなく、すべての瞬間で調和が取れていて自然だった。細かい演技指導と演者の集中力を感じさせた。

指揮者のフランチェスコ・ランツィロッタさんは前奏曲から歌わせる表現が素晴らしく、しかも自然でオーケストラの技術力を引き出していた。ソロ歌手なら呼んでくればなんとかなりそうだが、合唱とオケは、音楽におけるオペラ公演のレベルを決める重要な要素だと思った。

ヴィオレッタの中村恵理さんは、タイトルロールにふさわしい声と演技だった。このオペラを余裕で歌い切る実力者だと思った。安定していたし、カーテンコールもかっこよかった。アリアは歌い方が歌手によって違うが、アクロバティックな高声を聴かせるものではなかった。おそらくオリジナル楽譜に近いものだったと思う。

ジェルモンのグスターボ・カスティーリョさんも存在感のある声質と声量で、中村さんと並びカーテンコールでも喝采を浴びていた。特に「プロヴァンスの海と陸」は圧巻だった。若い父だった。

その影響か準主役のアルフレードは前記2人に食われた形となった。美声で音程も気持ちの良いものだったが、4階まで飛ばす声の力感が足りない気もした。聴衆の拍手やブラヴォーは残酷だ。しかしアルフレードの役柄としては、こんな感じなのかとも思った。

長々と書いたが、1997年に開館し27年を経過しての初来館となったが、国内唯一のオペラ専用劇場の名にふさわしい劇場だし、世界のオペラ座と比べても、十分肩を並べるものだと実感した。そしてこれはさらに高額の海外オペラ引越公演の客入りへの影響が出るのでは、とも思った。

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