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「グローバル人材育成 ➡ 多文化共生」

大瀬「近年、AAEEの活動には『多文化共生』というキーワードが増えてきましたが、どのような意図があるのでしょうか?」


かつて叫ばれていた「グローバル人材」の資質と、今日本社会に求められている「多文化共生」の資質には異なる部分がある。

今まで話してきたように、AAEEが発足した2008年当初は日本社会の流れに沿って「グローバル人材の育成」に注力していたんだ。グローバル人材に必要と判断した資質は既に説明したよね。
さて、現在の日本社会に目を転じてみよう。10数年前とは大きく異なる光景が目の前に広がっているよね。東京をはじめ首都圏では、例えばコンビニのレジで外国籍の人たちが働くのは当たり前。電車の乗客が外国人の方が多いなんてことも少なくない。

グローバル人材が叫ばれた十数年前の日本社会
バブル崩壊以降、日本経済は低迷し続け、そこにリーマンショックが拍車をかけた。高度経済成長期やバブル時代の社会の輝きは、もやは伝説となっている。グローバル化が加速する世界の中で、平成時代は「失われた30年」と囁かれながらも、国際市場で勝ち残っていくためのグローバル人材育成が求められた年でもあった。

つまり、文部科学省が「グローバル人材育成推進会議」を設置した2010年に語られていた「グローバル人材」とは、国のソトに出て活躍する人材を想定していた。「ウチ向き志向」の若者を嘆き、海外留学を積極的に支援した。ちなみに文部科学省が官民一体となって始めた”トビタテ!留学JAPAN”政策も、ウチ向き志向を打破することを目指して始まったんだ。

当時の議論は結局のところ、前にも話したように、「グローバル人材=流暢な英語話者」みたいな風潮が際立っていたね。AAEEでは、”トビタテ!留学JAPAN”のリーダーを招いた大規模なセミナー(文部科学省・外務省・JICA後援)を開催したことがあるけど、そこでの議論で最も多用された単語は「英語」だった。さらに、「英語」関連業者がそれに飛びついて宣伝しまくった。
その結果、僕たちの考えるような正攻法のグローバル人材像は注目されずに今に至ってしまっている。それが今の日本社会だよ。言語以外の重要スキル養成は政策にされることはなく、重点項目であったはずの英語力に関しても、2020年東京オリンピックを目前に控えて、若者含め東京都民の英語力不足が指摘される有様だ。2012年に始めたAAEEのFacebookページはすべて英語で、今やアジア各国から20,000人以上の人がフォローしているけど、日本人はごく少数なんだ。不思議に思って小規模調査をしたら、愕然とした。日本人は国際系学部の学生であっても、英語の記事を全然読んでいないんだ。国が莫大な予算を投じて、この結果。

一方、日本がモタモタとしている間に、ASEAN諸国は必死に努力をして、国際競争力を高めてきている。僕は東南アジア、南アジア地域の教育機関と交流を重ねて来ているけど、教育分野の進化もものすごいよ。AAEEの学生は理解していると思うけど、あの地域の学生の学びに対する貪欲さは凄まじいでしょ。僕は2008年からそのことを日本で一生懸命伝えようとしていたんだけど、当時はほとんど相手にされなかった。だから、「頼っていても何も変わらない」と思い、教育関係者と相談するのはやめて、イメージするグローバル人材像を追い求めて、学生たちと「勝手に」やってきたんだ。その結果が今のAAEEだよ。それでようやく日本社会でも注目され始めてきた。あの地域の学生交流をここまで本気に突き詰めてきた団体はそうそうないからね。気が付けば日本社会は、あの地域の人々と共生する時代に突入したんだ。この背景には、日本の経済成長の衰退と少子高齢化社会が関係しているんだけど、かつて「ソト」に出ていく者に求めたグローバル人材としての資質は、今や多文化共生社会である日本に暮らすすべての人々に必要とされるものになってきていると言える。


大瀬「日本の少子高齢化は世界的に見ても深刻な問題で、超高齢社会に突入してしまっている国の一つですもんね。『一人の現役世代が一人の高齢者を支える』2025年問題もいよいよ現実となってきていますね。
その対策の一つとして、女性の社会進出や外国人雇用なども積極的に行なっているようですが。外国人雇用に関しては2019年には改正入管法案が施行されました。これも、外国人受け入れの政策を変えることで人材不足の解消を目指しているんですよね。」


その通り。
総務省の調査だと、生産年齢人口は1995年をピークに減少し続けていて、2017年から2030年の13年間で約600〜800万人ほど減少すると予測されているんだ。

人口構造の推移

(総務省, 2018)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h30/html/nd101100.html

一方で、在日外国人の数はというと、2019年6月時点で282万9416人。日本の総人口の約2%は外国人と言われているんだ。(法務省, 2019)
http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00083.html

エリアで言うと、全体の50%弱は中国や韓国を中心とした東アジアだけど、次いで近年急増しているのは東南アジアなんだ。中でも、AAEEの活動拠点の一つでもあるベトナムは国籍別ランキングでも3位にランクインするほどだよ。(ちなみに、最近街中でインド料理なのにネパールの国旗が掲げられているところが増えてきているように、ネパール人も増えてきていてランキングで言うと6位になるらしい。)

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さらに厚生労働省が2018年に発表した外国人雇用状況を見ていこう。(厚生労働省, 2018)
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_03337.html
2018年10月時点で146万人もの外国人が日本で働いているんだ。
資格別で見ていくと、語学力や技術を生かしながら働く「専門的・技術的分野の在留資格」は全体の19%。オフィスワーカーや外国料理のシェフのようにフルタイムで働く人々はこの資格にあたる。

次に技能実習生。彼らの目的は本来は労働ではなく、日本で技術や知識を習得して母国に持ち帰るためのものであるが、実際は労働力として低賃金で働かされていて、そのことが問題となっている。約21%の人々はこのような環境で働いているんだ。中には劣悪な環境で苦労を強いられている人々も少なくない。

あとは、「資格外活動」のビザ。「留学生」や「家族滞在」の人々は労働が目的ではないけど、週に28時間以内であればパートやアルバイトとして就労することができるんだ。
約23%の人々がこの資格になるんだけど、彼らが働いている場所としてよく見かけるのが、飲食店やコンビニエンスストアになるかな。

その他にも、永住者や日本人の配偶者など「身分に基づく在留資格」を有している約33%の人たちは労働制限なく働ける。

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(厚生労働省「外国人雇用状況」の届出状況まとめ/平成30年10月末現在 より)

大瀬「最近はアジアの人々がとても多いですが、日本での滞在目的は様々ですね。でも、日本人の中で、このような事情を知っている人はとても少ないような気がします。なんとなく周りを見ていて感じるのは、日本ではこの多様性の観点で捉える習慣が欠けているというか、、、日本人か外国人と二分して見ている傾向があるように感じるんです。
加えて思うことがあるんですが、外国にルーツを持つ人々を判断する際にも、例えばアメリカやヨーロッパ出身の方に対しての態度と、アジアやアフリカ出身の方々に対する態度って明らかに違いませんか?」


確かに、それはあるよね。
今の社会で求められるのは公平性だ。SDGsの目標16は「平和と公正をすべての人に」。他人事じゃないんだよ。
日本は良くも悪くも、”日本人”が圧倒的マジョリティになってしまっている。もちろん、同じ”日本人”の中にも様々な個性があり、文化があるのだけど、それでも自分たちは「日本は日本人のため」なんて考えがち。もちろん自国に誇りを持ち、守っていくことは大事だけど、排外主義では国際社会で生きていけない。
国籍が違うだけで公平さが失われてしまっているとしたら何としても是正しないといけない!と思うんだ。不公平の実例をあげればきりがないし、それを言い始めると”炎上”してしまうので省くけど、マイノリティの人々の人権をしっかりと守る社会を構築できない限り、”多文化共生”など絵に描いた餅になってしまう。

実は、僕はつい最近とても不快な経験をしたんだ。日本人の知人に、日本語学習中の後発発展途上国出身学生とのオンライン交流会に誘われたんだ。他に予定が入っていて参加できなかったんだけど、あとで送られてきた交流の動画を見て啞然とした。学生たちはとても丁寧に参加している一方で、日本の人はカップ麺を食べたり、他のことをしていたり、超リラックスムード。そこで、一人の学生が自分の夢を語ったシーンが目に焼き付いている。
「日本の銀行に入ることが夢だ」と言った学生に対して、参加していた日本人の一人が小声で「〇〇(国名)あるあるだ。銀行に就職すれば大金持ちになれると思っている」と失笑しながら、彼が理解できないような早口で呟き、それに数名の日本人が同調していた。こういうところに本音が見えるんだよ。だけど、こういうことは日本中至る所で起こっている。悪気がないだけに根深い。

この話からも分かるように、他者に対してステレオタイプをもち、その判断軸の中で相手を捉える人がたくさんいるんだ。在留の人々を下に見ていないと言いつつ、心の奥底には偏見が存在する。

ーー
その点、例えば僕らが毎年交流しているネパールは経済的には日本にかなり遅れを取っているけど、多様性の観点では随分と進んでいる。ネガティブな意味でカースト差別などが注目されがちだし、それは事実だけど、国全体を見回せば、多民族国家であるだけに平和的共存はむしろ国の死活問題であり、多様性教育の観点では日本よりも随分と進んでいる。日本の学生がAAEEの研修でネパールに行き2週間学生と過ごすと”目から鱗”状態で帰国するんだ。

大瀬「この点に関しては私もとても共感です。
ネパールは多民族多文化社会のため、民族や宗教、文化の違いをそれぞれが受け入れているのは本当に印象的でした。特に私が印象に残っているのは、宗教への尊重と食文化です。
日本では、人々の宗教意識は薄く、無宗教と答える人も少なくないですよね。でも、ネパールでは宗教が生活と密着していました。それは、単純に彼らが宗教を信仰しているということだけでなく、それぞれが信仰する宗教を日常生活で尊重しあっているのです。
食事を例に取るととても分かりやすいと思うのですが、ヒンドゥー教徒にとって牛は神聖なものなので、牛肉は基本食べないですよね。一方で、イスラム教徒にとっては豚肉が食べられない。だからネパールで食事のメニューを見ると、きちんとどちらも表記がされていました。レストランで牛肉を食べている日本人メンバーを不思議そうに、しかしどんな味なのと聴きながらみんなで盛り上がっていたのを覚えています。それだけでなく、近年日本でも増えてきたビーガン対応やベジタリアン対応のメニューも、随分昔から当たり前のように提供されていると聞きました。」


そうだね。日本の大きな課題は多様性社会への知識不足だと思う。
先ほどの外国人労働者の話も、人々が移動することに対する知識、そして彼らが日本社会でどのように働き、国の経済を動かすために貢献しているかを理解している人は少ないだろう。僕たちはもっと、彼ら一人一人のバックグラウンドを理解する必要があるんだ。
そしてすぐには理解できないとしても、彼らは単純にお金を稼ぎたいだけでなく、その先に自分自身や自分の家族の幸せを求めていることを忘れてはいけないね。
誰もがどんな形であれ幸せを求めているんだ。

大瀬「ところで、多文化共生のための資質はどのように学んでいったらいいのでしょうか?」

大前提として、日本は多様性の観点ではかなり遅れている国であるという認識を持つこと。例えばコンビニで働く外国人は、多文化共生力に関して自分よりも優れていると思えばいい、実際に優れているので。そうすればリスペクトできる。リスペクトしている相手を差別することはない。

多文化共生力というのは机上の文献学習だけでは中々学べない。繰り返すが実際に「交流」することが大切なんだ。高等教育機関用語では「国際共修」と呼ぶ。これまでAAEEはベトナムやネパールなどに出向いて交流をしてきたが、今後は日本で暮らす人々同士での交流プログラムも考えないといけないね。


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