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シャニマスというフレームワークを用いて現代社会を生きる若者を分析することでノクチルというユニットの正体を探る

 シャニマスにかこつけて社会派を気取ろうだとか、何か政治的意見を発信しようというものではありません。シャニマスが描き出す世界観(特にノクチル)をフレームワークとして用い、2020年に大きく変容した社会の有り様と人々の対立を読み解いていこうという試み・・・だったのですが、想像以上に文量が増えてしまい流石に疲れたので、ひとまず前段のシャニマスの分析を通じてノクチルというユニットがアイマスシリーズにおいていかに特殊な存在であるのかを自分なりに考察してみたという記事です。
 例によって本題に入るまでの前振りがクソ長いので、回りくどいネチャネチャした文章が大好きな皆さんは楽しめると思いますが、そうじゃない人はすぐ下の方にある見出し機能や最後の方に書く予定のまとめ部分を読むといいと思います。
大学を卒業して久しく、ちゃんとした文章の書き方を大分忘れてしまっているのでその辺の脇の甘さはご愛敬。


シャニマスの各イベントのネタバレなどがありますので未読の方はご注意。


異質なアイマス、シャイニーカラーズ

 ちょうど今日、にじさんじ所属の月ノ美兎委員長が久々のシャニマス実況を行い、ノクチルのイベントシナリオ「海に出るつもりじゃなかったし」を一通りプレイ実況していました(要はそれに触発された記事なのです)。

 ご存じの通り、シンデレラガールズやミリオンライブは現代のゲーム・プラットフォームの主流となったスマートフォンに最適化されており、音ゲーが主なコンテンツです。故に重要視されるのは

①誰が
②どんな曲を
③どんなユニットで(あるいはソロで)歌うのか

という点です。①の誰がの価値を高めるためにみんなが欲しくなるSSRがガチャ(ガシャ)に登場し、②のためによい曲が実装され、ライブやその他CD販促に繋げるために③のユニットなどが生まれていきます(③については②の曲とセットで考えた方が自然かもしれません)。

 一方でシャニマスは歴史がまだ浅いというのもありつつ、そもそもが前述の2つのコンテンツとはかなり異質であるといえます。283プロダクションのメンバーは今のところ毎年1ユニットずつ増えているとはいえ、デレマス・ミリオンと比べると大分少ないです。またCute,Cool,Passionやフェアリー、プリンセス、エンジェルといった三属性の振り分けがされていません。Da,Vi,Voの三属性はキャラクターに依拠せず、カードごとに持っているライブスキルやスキルパネルによる振り分けに左右されます。が、それすらもサポートアイドルでいくらでもねじ曲げることが可能になっています。

 そういったゲーム的な相違点はさることながら、シャニマスはシナリオ面で従来までのアイマスシリーズと比較したときに非常に異質であるといえます。その異質さが特に際立つのが、ノクチルというユニットです。

ノクチル ――そのあまりにも異質なユニット

 前項にて委員長がイベントシナリオをプレイしたという話をしましたが、委員長はその前の天塵というノクチル初イベントもプレイ実況しています。

 この両方のイベントで描かれているノクチルというユニットは、従来までのアイマスシリーズで出てきたアイドルユニットとは明らかに一線を画している部分があります。

アイドルという仕事に一生懸命に取り組む姿勢が見えないのです。

(あとでちゃんと補足するので、「そんなことない!彼女らなりの向き合い方だ!」等々の意見はまだ心の内に納めておいてください。)

過去のアイマスにおけるアイドル像

 ゲームでもいいのですがより多くの方が触れているであろうアニメを主に紹介しますと・・・
 765プロが主役のアイドルマスターの無印アニメでは、その主人公格である天海春香は一貫してアイドルになりたい(そしてそれは、765プロダクションのみんなと一緒に歩んでいきたい道のりである)と言うことが明確に描かれています。

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(やる気がなかったら、自宅から遠い都内の事務所まで通えません。)

 後半にはみんなの進む道がそれぞれバラバラになっていくことで病む(今風の言い方をすれば曇る)訳ですが、それほどまでにこの765プロそしてアイドルという職業への期待と憧れ、親しみが強いのです。そしてここには765プロのみんなでトップアイドルを目指すという彼女の哲学が見えます。

 続いて346プロダクションが舞台に描かれたアイドルマスター シンデレラガールズのアニメではどうでしょうか。

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それぞれスカウトされたり、オーディションで合格したりとバラバラの理由で加入してきたニュージェネレーションズの3人。彼女らを加えたシンデレラプロジェクトのメンバーが中心となって描かれていきます。
 この作品においても主人降格である島村卯月の抱いているアイドルへの憧れが随所で表現されています。シンデレラプロジェクトは最初、小さな活動ばかりですが、これらがアニメでは丁寧に描かれており彼女らが真摯にアイドル活動へ向き合い成長している様子がよく分かります。

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 2クール目に入ると美城常務が打ち出した新しいプロジェクトなどの煽りを受けて、従来までの活動が難しくなっていきます。ここの描写で分かることは、彼女らにとってシンデレラプロジェクトは自分たちの家であり、失うことのできないかけがえのない存在となっているわけです。

 天海春香、島村卯月。そして765プロのメンバーとシンデレラプロジェクトのメンバー。彼女らにとってアイドルとは、自らの信ずる哲学に則った手法で自己実現をするためのものであり、自らのアイデンティティに直結する重要な要素です。ただアイドルをやりたいなら仲間たちを捨てて美城常務についていけばいいですし、仲間たちとの交流はしたいけどアイドルは嫌なら、仕事を辞めても関係を続ける方法はいくらでもあるでしょう。シンデレラプロジェクトが彼女らにとってのアイドル哲学(指針や思想とも換言できますでしょうか)となり、曲げることのできない信念として確立しているからこそ、美城常務の方針と真っ向から対立していくこととなります。

前提のまとめ

あまりにも長くなって「これシャニマスの記事じゃなくね?」と自分でも思い始めたのでここで止めますが、まとめると

 今までのアイマスに登場したアイドルたちにおいて、
アイドル活動(=仕事)とは自分たちの居場所であり、自己実現の手段
である。
 アイドルという存在に対して
個々が明確な思想・信条を持ち、それらを仕事(営業やライブが主)を通じて発現することで自己実現を果たしていく。

といったところでしょうか。うーん仰々しいですね。

283プロであって283プロでないノクチル

 では問題のノクチルはどのようなアイドルグループでしょうか。こういうときはまず公式の紹介を読むのが鉄則ですね。

Screenshot_2021-01-10 アイドルマスター シャイニーカラーズ(シャニマス) バンダイナムコエンターテインメント公式サイト

 ご覧の通り彼女らは幼なじみで結成されたユニットです。それ故に身内で多くの物事が完結してしまい、外への広がりが乏しいという面があります。そのあたりの描写が強くなされているのがいわゆる「越境シナリオ」といわれるものです。最近だと「アジェンダ283」、「明るい部屋」がそうですね。普段のイベントシナリオは個々のユニットに焦点を当てたものとなっておりますが、この越境シナリオでは283プロ所属の各アイドルたちがユニットを文字通り「越境」して交流します。あさひが果穂に対してタメ口で会話するなどの描写を見るたびに担当Pが興奮するのですが、ノクチルはここにおいてもいわゆる浮いた扱いとなってしまっています。
 アジェンダ283では各ユニットでゴミ拾いをするのですが(そもそもアイドルプロデュースゲームでなんちゅうシナリオ書いてるんだ)、その中でもノクチルは初っぱなからコンビニにいきます。委員長の配信でもちらと触れていましたが、他のユニットから見たときにサボっているように見えるため、プレイしていた当時の私も結構ヒヤヒヤしたのを覚えています。
 「明るい部屋」においては、小糸が唯一出張を果たしているのみで、他の三人は283プロの建物内にすらいません。今回の話の大半は会社と寮で進んでいるため、ほとんど話に絡んでいけていないのです。終盤で樹里たちと話す場面もありますが、ここも互いに気まずい感じを漂わせており、到底打ち解けた同じ事務所の仲間たちといった雰囲気は皆無です。
 
なんなら一番分かりやすいのはホーム画面の会話でしょうか。他のアイドルの組み合わせに対して、他アイドル対ノクチルの会話は非常によそよそしいものとなっています。

 こうした描写はシナリオが意図してやっているものと思われます。つまり現時点で、運営側はノクチルを他のユニットのように溶け込ませたくはない、つまりは演出として何か重要な意味を持っているのだと考えられます。パッと思いつくのが今後のイベントシナリオでノクチルが仲間に加わるような事務所全体を巻き込むお話などがあるのかもしれません。このあたりは明確な予想を立ててしまうと、後日それが覆ったりしたときにちょっと恥ずかしいので(修正する・しないにかかわらず)、ぼやかしておきます。

 しかし私が思うのは、このノクチルというユニットが持つ「浮いている」「独自の感性」「幼なじみ至上主義」という描写こそがノクチルの神髄ではないか、という考えです。

 ここまで約3600字ほど書いてきましたがようやく本題の前提に入ります。

シャニマスは現実だった

 先ほど紹介したイベントシナリオ「アジェンダ283」では、シナリオの中でSDGsについて触れられています。

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 SDGs、Sustainable Development Goalsの略で、国連が掲げていたMDGsでの取り組みを踏まえて新たに17のグローバル目標、169のターゲットを定めたものです。特に有名なのが上記の17項目であり、会社や学校などの研修等で学ぶ機会も増えています。まさに今注目されている国際的な取り組みであり、国家、企業、そして個人が明確なビジョンを持って2030年の目標達成に向けて行動することが期待されています。
 とまあそういったものなのですが、このSDGsが出てくると言うことは、このシャニマスの世界は我々が暮らすこの現代社会に限りなく近い地球環境、国家、国境、社会制度、文化が根付いていることが想像されます。少なくとも発展途上国の貧困問題や、気候変動による地球規模での自然災害などが起きているのでしょう。

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シャニマスの世界にも国連はあるんです

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SDGsについては夏葉が教えてくれます

 つまりシャニマスとは我々の暮らす世界そのものを映し出す鏡であり、極めて現実に近い架空の世界のお話であるといえます。
 そうした極めて解像度の高いリアルワールドをフレームワークとして、アイドルという架空の存在・キャラクターを入れてお話を作っているのがシャニマスというコンテンツです。あまりにもリアリティが過剰になるとそれはそれでよろしくないので、あえてハロウィンシナリオのファンタジー要素や幽霊だの超常現象だのといったオカルト(死語?)要素がフレーバー的に用いられているのではないでしょうか。

ノクチルも現実だった

 では、そんなリアルなシャニマスにおいてノクチルが異質な点は何か。それは他のアイドル・アイドルグループはフィクション性が高いのに対し、ノクチルは極めてリアルなのです。
 これは皆さんにとって辛く残酷な話になるのですが、長崎から単身、アイドルになるため上京してきた超絶かわいい料理上手なこがたんは実在しないし、恋愛感情をまだ知らぬ金髪ハーフの美少女メグル・ハチミヤも、バッドガールという設定だけどやさしい一等賞の樹里ちゃんも実在しません。彼女らはまさしくシャニマスというフレームワークの中で最大限魅力が出るように調整されたアイドル・キャラクターとしての存在であるからです。
 それに対してノクチルを見てみましょう。個々のキャラクター性については若干のフィクション要素(例えば、透の持つ抜群のカリスマ性など)はありますが、それほど現実からかけ離れた要素はないように思いませんか?

 作品の事実上の舞台となっている聖蹟桜ヶ丘は東京都多摩市の京王本線沿線にある街で、典型的な関東私鉄によって開発されたニュータウンです。街の中心に鉄道駅を置き、周囲の空き地を造成して戸建てを分譲して人口を増やし、商業施設を作り生活が沿線内あるいは最寄り駅で完結するように作られています。東京都心へのアクセスが良好なため、基本的には特別区で勤務するサラリーマン家庭が住んでおり、多くが核家族で子供の数は少なく、また教育にコストをかけられるだけの収入があってマンションや戸建てをローンで購入しています。
 ノクチルの現在一番新しいイベント、「海に出るつもりじゃなかったし」ではノクチルの所属メンバーらの家族が出てきますが、まさしく上記の典型的ニュータウンに暮らす人々の要件が当てはまるように感じられました。

 つまりノクチルというユニットは現代の聖蹟桜ヶ丘のリアルが描き出されており、まさに我々が暮らす現実の聖蹟桜ヶ丘にいる女子高生たちの生態(リアル)がそこにあるのです。
(実際のニュータウンは高齢化、開発の失敗、商業施設の移転・閉鎖、商店街のシャッター街化などの問題が山積みで、これが現実だ、と断定するのは難しいですが)

ノクチルの現代性

 じゃあ何故ノクチルからフィクショナリティを極力排除して、他のアイドルよりリアリティを付与したのか。その理由は開発側しか知り得ません。しかし私は大胆にも仮説を打ち立てたいと思います。

ノクチルは新しいアイドルとしての形・考え方を
アイドルマスターシリーズで提示したかったのではないか?

というものです。

 前提の前提部分で私が提唱したことを再度ここで引用しますと、

アイドル活動(=仕事)とは自分たちの居場所であり、自己実現の手段である。
 アイドルという存在に対して
個々が明確な思想・信条を持ち、それらを仕事(営業やライブが主)を通じて発現することで自己実現を果たしていく。

というのが今までのアイマスのアイドルたちでした。
そして彼女らに概ね共通する目標が「トップアイドルになる」というものです。特にシンデレラは人数も多いため一概には言いづらいですが、換言するならばアイドルによって形は違えど、
その道で一流になる、多くの人々に認められること=トップアイドルになる

といったところでしょうか。

 そうした従来までのアイマスシリーズにおけるアイドル観(分かりやすくするために、このアイドル観を旧来型アイドル志向とします)に対してノクチルが一向にアイドル活動に対して興味を抱かず、幼なじみ同士でのじゃれ合いに終始する姿は明らかに旧来型アイドル志向と相反するものであり、一部のプロデューサーが「やる気がない」だとか「なんなんだこいつら」はという気持ちも持つのも分かります。
 その中で、今回のイベントシナリオでプロデューサーと善村記者が大変興味深い会話をしていましたので、いかに抜粋して考察していきます。

ノクチルのモチベーション(動機付け)

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 上記の画像のシーンでいっているように、ノクチルはそもそもアイドルの仕事に動機がありません。加入理由も透はアレがきっかけだし、円香はそれを監視するため、雛菜は透がいるから、小糸は幼なじみのみんなといたいからといった具合。そもそもアイドルをやる必要がないんです。何なら学校の部活でもよかったのだと思います。

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 「透が出るなら、じゃあ私も」といった具合に周りに流されていく。実はこの部分は今回の主題的には重要ではありません。この部分はこの部分で非常に考察しがいがあるため、長文を書きたくなってしまうのですが・・・
大事なのは次。

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はいここですね。私が今日言いたかったこと。

すなわち、ノクチルはノクチルらしさを持ってアイドル活動を貫徹することで、自己実現に繋げていって欲しい(=いっぱい生きろ)と(少なくともシャニPは)願っているのではないでしょうか。

 先ほども書いたとおり、アイマスのアイドルたちは元来、旧来型アイドル志向でもって自己実現を達成していきます。つまりトップアイドルになる夢(またはそれに類する自己の究極目標)の実現に向けて、アイドル活動を通じて成長や自己実現を果たしていく訳ですが、ノクチルにおいてはそれがない。代わりに幼なじみ同士で過ごすかけがえのない時間や経験をトップアイドルになる夢と同等においているのではないでしょうか。
 つまり天海春香のいうトップアイドルを目指すことや「ドームですよドーム!」が、ノクチルにとっての幼なじみと一緒にやるアイドル活動の経験であり、これらはイコール、同じなのです。


 ここで突然ですがスポーツ庁の記事を引用します。

 皆さんの多くは学校での部活動というと、大会での好成績を目指して部員一丸となって取り組んでいくいわゆる「スポ根」を思い浮かべると思います。そしてそれらを題材にしたマンガやアニメは枚挙に暇がありません。しかしながら、最近では新しい部活動の形としてそういった大会で勝つ、などといった目標を持たずに、純粋にスポーツをカルチャーとして楽しむ動きが広がっています。他のコンテンツで言うと「けいおん!」が近いでしょうか。

 結論から言うと、これがノクチルが映し出す現代社会の有り様なのです。意味不明ですね。これから順を追って説明します。

 旧来型アイドル志向が従来までの部活動だと思ってください。トップアイドルになるための血のにじむような努力、ライバルとの蹴落とし合い、仲間同士の衝突・・・果たして、そういった形だけがアイドルの有り様なのでしょうか?上記の記事にある新しいスタイルの部活動ような、仲間同士で楽しくわいわいとやっていく、こんな形のアイドルがいてもいいんじゃないか。それがノクチルが示した新しいアイドルの形ではないでしょうか。

 一方で彼女らも283プロダクションに所属するアイドルであり、仕事でやっています。283プロダクションという法人は彼女らノクチルに対して給料なり福利厚生(ココアとか)を出しているわけで、これらは人材への投資行為といえます。それはノクチルが283プロに対して利益を生み出してくれるという期待から行われていることであり、当然のことながら上記のような部活動やCSRでやっているわけではありません。私企業というのはとどのつまり、利潤の追求が存在理由なのです。

 一見無駄なように見えるノクチルへの投資も、どうやらシャニPには目算があるようです。それがこのノクチル型アイドル志向と私がたった今名付けた新しいアイドルのスタイルです。シャニPはここに他のアイドルにはない可能性を見いだしているからこそ、ノクチルにある意味自由に活動させているのではないでしょうか。

ノクチルの純粋さに絆された

 何故超絶イケメン、高身長、白コートが似合う、イケメン、のシャニPがノクチルというただの幼なじみ仲良し集団に可能性感じちゃったんでしょうか。

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 天塵の最後のシーンですね。ここでシャニPは脳をやられてしまっています。ざっくり言うと前回の仕事で大失敗してなんとかとれたのが海水浴場のステージで歌う仕事。だけど無名アイドルグループのノクチルのことなんて誰も見ちゃいないので、アイドルの仕事という視点で見た場合には大失敗。その後、彼女らは衣装のまま海水に飛び込むという行為に及びます。それを見ていたシャニPが上記のような台詞を吐きます。どうやら美しさを感じてしまったようですね。

 このシーンの美しさが何なのかを説明することはここでは控えさせていただきますが(ぶっちゃけ私も正解がこれだ、とはいえないし分からない)、そのあとシャニPはこんなことを言います。

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 この「後悔」に若干の意味深長さを感じますがこれもここでは触れないでおきます。その上の画像の

まだ高校生なんだ・・・・・・
窮屈にばっかり考えなくたっていい

 ここですね。ここが重要です。
「窮屈」というのが、まさに旧来型アイドル志向の考え方ではないでしょうか。確かにバリバリ仕事をこなして成長し、トップアイドル目指してスターダムを駆け上がる、他のユニットはそうかもしれない。

 だけど、だけれども。このノクチルというユニットはそうじゃなくてもいいんじゃないか。まだ高校生なのだから――

 未成年とはいえ仕事である以上、そこに厳しさや不条理さを内包します。先の天塵ではノクチルのメンバーにとって受け入れがたいことがあったが故に番組をめちゃくちゃにしてしまった訳ですが、働いている皆さんはご承知の通り、納得いかないことでもままならないのが仕事であり社会です。どうしても納得できないことなら職業選択の自由に基づいてやめればいいわけですが、多くの場合は仕事を辞めることのリスクと比較衡量して仕事をとる場合が多いでしょう。
 特にアイドルという仕事はその特殊性故、他人より秀でていないと埋没してしまいます。要は労働者側(法律上、アイドルが労働者に当たるのかなどの細かい話はここでは別にして、アイドルという価値を提供する側を労働者とここでは呼称すると考えてください)の条件が悪いわけです。だから納得いかないことでも諦めるか、他の力や仲間の協力によって克服することが求められます。ノクチルの場合はそれをひっくり返してぶっ潰してしまったわけです。
 こうした、いわば高校生らしさ(子供っぽさ)は他のユニットには意外にもない部分だったりします。イルミネも、アンティーカも、放クラも、アルストも、ストレイも、みんなメンバーの多くは未成年で未熟な部分も備えていますが、一方で大人びた部分や高度な社会性を身につけているため、少なくとも天塵のような展開にはならないでしょう。他のユニットになくてノクチルにある、高校生らしさ。ここにシャニPは新たなアイドルの形を夢見たのではないでしょうか。

まとめ

・シャニマスは現実世界に即したリアリティにあふれた世界観
・リアルな世界をフレームワークとして中に入るのがフィクションとしてのアイドル
・ノクチルは現実
・ノクチルは今までのアイドルと違い、トップアイドルを目指すのではなく自分たちのかけがえのない時間や経験を大切にしたい
・シャニPはノクチルの他のユニットにはない高校生らしさ、未熟さに可能性感じちゃったのではないか

 あとがき

 一晩で9000文字近く書いて疲れました。
変なところもあると思うので、公開後にちまちま直すかもしれません。

以上

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