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【弱者とは何か06】最終回 弱者のための逆転戦略

 これまでの連載で、弱者なるものがいったいどういう存在なのか、また、どのようにして弱者になるのか、あるいは、強者とはどこがどのように違うのか、などを明らかにしてきました。

 その中で、基本的には「弱者は強者に比較して、いろいろと分が悪い。損をしている」ということも示したのですが、同時に「分が悪く、損をしているけれど、それを公平にしてくれる他者はほとんどいない」ということもお話したと思います。

 これらの一連のお話に絶望して、「弱者であることに疲れてしまう」人もいるでしょう。そしてそのまま「弱者として絶望のまま生きる」かあるいは、「それくらいなら死ぬ」という考え方に至ってしまうことも、理解できなくはないと思います。

 私はそのことをけして望まないし、残念だと感じますが、世界の歴史を見ていると、そうした弱者が絶望して倒れてゆくことは、往々にしてよくあることでもあったのも事実です。


 ですので、最終回のテーマとしては、それと抗う唯一の方法として「弱者が逆転するには」ということを考えてゆきたいと思います。

 実は、弱者とざっくり言っても、弱者はすべて弱くて滅びゆく存在なのかと言えば、そんなことはありません。たとえば、奇しくも今新型コロナウイルスが猛威を振るっていますが、ウイルスというのは、自力では遺伝子を残せない非生物で弱者です。

 熱やアルコールですぐにたんぱく質が変性してしまい、死滅します。自己複製ができないので、なんらかの生物を宿主としてしか増えることができません。

 ですから、他人との接触を根絶すれば、ウイルスの流行は止まってしまうので、仕事も交通も、できるだけ遮断しようということになっているわけです。

 しかし、それでもウイルスがこんなにも世界中に広がってしまったのはなぜでしょう。それは、このウイルスは、自分の遺伝子を細胞に注入し、他者を通じて複製することのみに全力を注いで生き延びてきているからです。

 また、複製しながら柔軟に変異を繰り返し、環境が変わってもそれに対応しつづけていることも関係があるかもしれません。取り付く相手を選ぶときにコウモリなどの小動物から、人間などの大型哺乳類まで、バリエーションを広く取れたことも関係があるでしょう。

 つまり、弱者でもやり方によっては、強者の脅威となることが実際に可能だと言えるのです。


 「弱者の戦略」という興味深い本があります。著者の稲垣さんは静岡大学の植物学者で、つまりは「弱い生き物はどうやって生存戦略をたてているのか」ということをまとめたのがこの本です。

 概略だけでも充分参考になるでしょう。

”群れる、メスを装う、他者に化ける、動かない、ゆっくり動く、くっつく、目立つ、時間をずらす、早死にするなど、ニッチを求めた弱者の驚くべき生存戦略の数々。”

 ・・・小さなツノのカブトムシは、そもそも樹液を吸いにゆく時間をずらして、大きな虫に出会わないようにする。

 ・・・ナマケモノは、動体視力の良い天敵から逃れるために、徹底的に動かない。

 ・・・ジグザクに走れる草食動物は、まっすぐ猛スピードで走るチーターから逃れることができる。

 などなど。この書物以外にも、自然には「弱者」ゆえの生き残り策がたくさんあることが知られています。


 ビジネスの世界では弱者戦略として「ランチェスター戦略」というものが有名です。

 これは、もともと兵学における「戦闘での勝利の法則」について論じたものですが、ビジネスの現場では

■ 弱者は大きな市場ではなく、ニッチな市場で商売をするほうがいい

ということを意味します。近年「ブルーオーシャン」などと表現されますが、参入他社が少ない方が、弱者でも生き残れるという話です。


 さて、生物の話でも、ビジネスの話でも、基本的な根幹部分はまったく同じひとつのことを言い表していると言えます。それは

■ ナンバーワンではなく、オンリーワンになること

です。

 生き物でもビジネスでも、「他がやっていないところ」「他がやってこないところ」「他がやらない方向」を探すことが、弱者生存のたった一つのセオリーなのですね。

 以前、人生を坂道に例えましたが、坂道をぞろぞろ強者と弱者が群れをなして登っているとして、

□ 脇道へそれて、本道を歩かない

という手もあるでしょう。そうすると、群れに揉まれて疲弊せず、自分ペースで登れるかもしれません。

□ そもそも登らない(山小屋に泊まる)

というテクニックも重要です。プロの登山家ですら、まずはベースキャンプをいくつも作るのですから、止まるという選択肢は重要です。

□ ジグザグに登って、力のない者でも登れるようにする

というワザを鉄道では使います。スイッチバックと言いますが、そのまま坂道を登ると勾配がきつくて登れない場合、

 ジグザグに線路を敷いて、前に行っては止まり、今度は後ろ向きに登ったりする方法です。


 ダーウィンの進化論でも、「強い者が生き残る・進化する」というわけではありません。「環境に適したもの生き残る」のですから、今あなたが置かれた立場が弱者としてでしか過ごせないところであるならば、その環境を変えることが脱出のヒントかもしれません。

 たとえば、毒親と同居しているなら、自立の方法を探ったり、親を介護しているなら、「自分が介護しない方法を探る」などです。福祉に丸投げできるところがあるなら、丸投げして自分の環境を変えるほうが、きっとうまく行くでしょう。

 坂道で重い荷物を持っているのなら、他の人にその荷物を渡してしまったり、あるいは、そこに置いて行ってしまうという手もあるのです。

 給料が安いのであれば、副業を考えたり、転職を考えたりするほうがいいかもしれません。学歴がないのであれば、放送大学や通信制高校・大学という手もあるでしょう。

 それぞれの事情が異なるでしょうので、ここではざっくりとしか言えませんが、一人で困っているのであれば、行政や福祉を巻き込む方策もたくさんあります。究極的には、「生活保護を受けて生きる」ということが生存の最も適した解答であることだってあるでしょう。

 私の本業の顧客でも、破産して借金をいっさい払わないことに決めた人がいます。法律的には、そうして再起することは許されているし、取引先である私たちも、破産してくれたほうが財務処理上助かることのほうがあるのです。不良債権がいつまでも残っていても、税務署は許してくれませんが、破産して損金処理をすれば、税金がかかりません。

 弱者は堂々と弱者戦略をとってくれたほうが、周囲にとっても都合がいい場合はいくらでもあります。最後に障害となるのは、意地とプライドくらい、ということもよくあります。しかし、プライドで食べてゆくことはできません。


 自分だけの場所を見つけるために、役に立つのはどんな小さなことでもいいので、「自分が持っている要素」をリストアップしてゆくことです。

 たとえば、私は大学で日本文学(古典)を専攻しました。就職氷河期でしたが、国語の教師を目指したので、すんなり教職に就くことができました。これが普通の企業への就職を希望していたなら、文学部卒など軒並み門前払いだったことでしょう。

 今は普通の企業に転職していますが、歴史に関わる副業をしています。自分には「古い資料を読める」というニッチな技があるからです。

 また文章を書くことが好きなので、こうしてブログを書いています。

 「古文から現代文への翻訳ができる」「文章やブログが書ける」「元教師の肩書きが生かせる」「公務員の裏話を知っている」

といったニッチな要素が、もうこれだけリストアップできました。これをまだお金に変える方法を見つけていないだけで、何か工夫をすれば、強みへと変えることができそうです。

 みなさんの中にも「映画が好き」「スポーツが好き」「ダイエットをしている」「地酒好き」などのいろんな要素を持っている人がたくさんいることと思います。

 たとえば、「めざせ100キロからのダイエット道」なんてブログを書けば、現在体重が100キロで全然痩せていなくても、そして最終的にまったく痩せられなかったとしても、一定のアクセスが集められそうに感じます。「成功者の話」も、もちろん有益ですが、「そこに至らない人」の話だってニッチな市場があるからです。むしろ共感を得るかもしれません。


 強い者が生き残るのではなく、環境に適したものが生き残るのですが、それらは「頭で考えて生物が”こうなりたい”と変化した」ものではありません。逆に「なんとなく変化しちゃったけど、結果的に適していた群れが生き残った」というのが真実です。

 ということは、弱者は「知恵を絞って、死に物狂いの努力をして、自らを変化させて生き残るのだ」というものではないということでもあります。

 なんとなく、いろいろやっていたら当たった

ぐらいのことがオチだったりします。

 だから、苦しんだり、悩みながら取り組まなくてもいいのです。気楽にできることを試してゆけばいいのですが、ただ一点だけ気をつけるべきは

「ほかの人があまりやっていないこと、視点、見方、考え方」

ということでしょう。それ以外は好きなことから始めればいいのです。


 野球が好きで、万年補欠でもかまいません。しかし

「野球がうまくなる方法」

を調べて、考えて、それをブログにしても、他にそんなのはたくさんいます。しかし、

「万年補欠でも野球を楽しむ方法」

というブログがもしあれば、似たような境遇の人にきっとウケることでしょう。

「往年の名選手のモノマネをしながら打席に立つ」とか、「検証!イチローの動きを再現したら、打率は上がるか」とか、ひねりを加えたら面白い作品、記事ができそうですね。(もちろん、その結果ずっと補欠でも、まったく問題はないのです。記事のPVが上がれば!)


 目標地点の「坂道の頂上」についても、視点を変えればものすごいことがわかってきます。たったいま↑で使った例えには2つの頂上が出てきました。

 ひとつはもちろん、「野球がうまくなり、レギュラーをとれること」です。そしてもうひとつは「ブログのアクセスが増えて、お金になること」です。おなじ弱者でも、登ろうとする坂の上の頂上はまったく異なります。

 だから、あなたが弱者だと思い込んでいるときは、「登りたいと思っている頂上を切り替えることができるのか?」と自問自答してみてください。

 可愛い奥さんになることが夢だったけれど、子供が授からず不妊治療をする女性がいるとします。「結婚」が夢だったのか「赤ちゃん」が夢なのか、あるいは「養子でもよい」のか、「未婚でも母になりたかった」のか。

 こんな例は、どうでしょう。ハゲている男の人は、男性ホルモンにおいては強者です。ファッション面では、弱者とみなされる場合もあるでしょうが、強い子供たちを生み育てるためには、ブルース・ウィリスや、ジェイソン・ステイサムくらいの遺伝子が理想的かもしれません。

 頂上がそこだと思っていたものは、実は違っていたということはよくあります。だったら、今登っている坂は、登るのをやめてしまって、下へ降りて別の山を探すほうがよい場合だってあるのです。


 いよいよ最後のまとめに入りましょう。あなたがもし弱者で、複数の弱さを抱えていたとしても、経済面、健康面、人とのつながり、知識や技術という4つの資本の「すべてがない」という人は稀(まれ)でしょう。

 多くの人は、4つのうち2つとか3つを失うと、かなりダメージを受けます。しかし、全部がすっからかんということは無いように、日本の国はできています。行政や福祉の制度上からでも、最低限のセーフティネットはあるからです。

 とすれば、少なくともあなたは「家族などのつながりなのか、ささやかな給料なのか、あるいは、福祉の制度など」によって、今はなんとか持ちこたえてるはずです。もし、その状態があなたに適した環境であれば、「そのままでよい」という選択肢も、少し念頭に置いておきましょう。じたばたすることが得策ではないかもしれません。ナマケモノのように。

 あるいは、もう一つ二つ、逆転のためにできることはないか?と探し出すのなら、「一発逆転のバクチはない」のですから、そうした怪しげな誘惑にはひっかからないこと。そして、「何かをいろいろやってみて、それがヒットするかどうかを試してみる」ことも大事です。それはあなたの好きなことを、もう少しポジティブに取り組むことから始めてください。

 それはあなたを構成する要素で、その要素がたくざん掛け算されれば、あなただけのニッチな市場が少しずつ見えてくると思います。


(了)

 


 

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