2_4_原子の構造

「molと聞いて頭痛を起こす人たちのための化学+」シリーズ-4
【原子の構造】
 前回までは数値の取り扱いを説明してきました。ここからはやっと一般的に化学っぽいと思われる領域に入っていきます。が、いきなりですが、今回は物理学との境界領域です。
 物質の単位として原子(atom)という言葉をご存じだと思いますが、この英語表現である「atom」は古代ギリシャ語で「これ以上分けることができない」と言う意味でした。ところが、科学の進歩によってその構成要素である陽子(proton)や中性子(neutron)ですら素粒子にまで分解される時代になりました。「分けられてるじゃん!」とかツッコミを入れる学校の先生もいたりします。しかし、名前を変えるのも重箱の隅をつつくのも建設的ではありません。ここはこう考えるのです。

「原子をバラせない範囲を化学の領域とする」

 電子(electron)の1個や2個の出入りは大目に見てください。
 本稿では後々説明する様々な現象の説明をより分かり易くするため幾分量子物理学の領域に踏み込んだ話をしていきます。しかし、慌てずにその時その時で分かる範囲で立ち止まってください。この後に続く様々な現象の説明の際に思い出して読み返すくらいで結構です。


1.原子の基本的な構造
 最初に小中学生レベルのおさらいです。細かいことを言うとこの範囲の理解だと今後の説明の中に整合性が取れないと感じるところが出てきます。しかし、歴史上最初から高校生レベル以上が分かっていたわけではなく、この部分が基礎となってそこから細かい話が割り込むように理解が進んでいきました。従って、小中学生レベルの説明は、細かいところでは間違っているけれど大枠では当っていると言う認識で結構です。中学までの話を十分に理解できてる方はここを読み飛ばしても構いません。(本稿はそれすら嫌いだった大人を対象としたものですが。)
 原子は化学に於ける物質の最小単位です。原子が複数結合して分子(molecule)となり、分子がたくさん集まって様々な物質が作られています。この分子の性質を知ることで身の回りの物質と現象がどんなものかを理解することができます。原子の構造はそんな分子の作り方を理解するために非常に重要な要素です。
 原子は中心の原子核(atomic nucleus)とその周囲を回る電子(electron)からできていると言われています。「言われている」と書いた理由は原子があまりにも小さく、現在の人類の技術では観測することができないからです。ただし、様々な現象や計算から極めて高い確率でそうだろうと予想されています。以降の話も基本的には計算上そう考えた方が合理的だからと言う条件が付くことをご理解ください。
 さて話を戻しましょう。原子核は正の電荷を持つ陽子と電荷を持たない中性子が集まってできています。例によって形は不明です。正の電荷を持つ物質と電荷がない物質だけでできているのにひとまとまりになっています。このまとめる力を提唱したのが湯川秀樹で、後にこの力は「強い相互作用」「弱い相互作用」と名付けられました。基本的な形としては陽子の数と周囲を回る電子の数は同じです。
 原子核の周りの電子はどういった回り方をするか決まりがあります。以下に挙げていきます。
・電子は原子核から決まった距離の軌道を回っている
・それぞれの軌道に入ることができる電子の数は決まっている
・電子は原子核に近い軌道から順番に入る
・同じ軌道に入る電子は同じエネルギーを持つ
・これらの軌道(エネルギー)は不連続の決まった値を持つ
 この軌道のことを電子殻(electron shell)と言い、電子殻の呼び名とそれぞれに入る電子の数は原子核に近い順にK殻(2)・L殻(8)・M殻(18)・N殻(32)(もっと続きます)です。原子核から遠い程高いエネルギーを持ち、このレベルのことをエネルギー準位(energy level)と言います。一番外側の殻にある電子のことを最外殻電子(outermost electron)と言い、化学的な反応に於いては非常に重要な役割を持ちます。最外殻の電子の数が0或いは最大の時、原子は安定し他の原子と反応しない或いは反応しにくい状態になります。何個か余った場合は余った電子を他の電子に渡して安定します。逆に何個か足りない場合は他から電子を貰って安定します。これらの電子の受け渡しについては原子の結合(bond)の話をする時に詳しく説明します。


2.原子の中の電子の軌道
 ここからは高校以降の物理学・化学で出てくる範囲を簡単に説明します。
 先程「同じ軌道に入る電子は同じエネルギーを持つ」と書きました。小中学生レベルでは「電子殻=軌道」ですからわざわざ分けて書く意味がないように見えます。しかし、高校以降のレベルでは1つの電子殻が複数の軌道(orbital、副殻とも言う)に分かれています。最初は1つの軌道だと考えられていましたが、後に向きの違う複数の軌道がまとまっていると分かってきました。このまとまっていることを縮退と言います。軌道はs・p・d・fと分かれ、殻による違いを数字で表します。例えばK殻は1s、L殻は2s・2p、M殻は3s・3p・3d、N殻は4s・4p・4d・4f(当然続きます)とからできています。更にs軌道以外の軌道は複数の軌道を持ちます。p軌道は3つ(px・py・pz)、d軌道は5つ(複雑なので省略)、f軌道は7つ(これ以降話す予定はないので省略)の軌道があります。これらの軌道は同じであれば同じエネルギー準位を持ち、s<p<d<fの関係があります。このエネルギーは前述と同様に不連続の決まった値を持ちます。ここまで聞くとエネルギー準位を小さい方から並べると1s<2s<2p<3s<3p<3d<4s<4p<4d(もっと続きます)となると考えると思います。しかし残念なことにここが少し複雑で混乱が起こります。実際には4s(N殻)<3d(M殻)<4p(N殻)と殻の順番が合いません。以降もd軌道では同じことが起こります。これが周期律表の中央(Be・Mg・Caの列とB・Alの列の間)にある凹みとして現れています。d軌道の割り込みによって特徴に満ちた遷移金属の群ができているわけです。
 次にこのs・p・d・fの軌道(副殻)の形ですが、地球の周りを回っている月の軌道のような円軌道(楕円軌道を含む)ではありません。当然立体的な軌道だからと言うのもありますが、球形の軌道はs軌道のみです。p軌道は原子核を中心とした8の字の軌道で互いに垂直に交わるx軸・y軸・z軸方向に向いています。d軌道・f軌道に至っては言葉で表現するのが非常に難しい上にこれ以降使う予定がないので省略します。以下に例として2p軌道の図を示します。他の軌道も見たい方は「電子軌道」を画像検索すると出てきます。
例:


図.2-1 原子の周りの電子の軌道(2p軌道)

 ここで少しだけ化学領域から脱線して量子物理学の世界を紹介します。混乱が起こる可能性もあるので数行だけ飛ばしても構いません。
 先程から「電子の軌道」とか「回っている」とか書いていますが、実際に電子が原子核の周りを回っているわけではありません。本筋と離れる上にここの理解の段階での説明は無理なので詳細は省きますが、電子は出没しては消えるような物体でありまた状態でもあるモノで、上記の軌道の上に存在する確率が高いと言うだけの雲の様な霞の様な捉えどころのない何かです。そのため、この雲の様な様子を電子雲(electron cloud)と言います。ここでは電子は人の日常生活では実感できない奇妙な存在なのだと言う程度の理解で構いません。
 話を戻しましょう。原子の周りをまわる電子の軌道の次はそこに入る電子の順番についてです。これもまた、小中学生レベルより複雑になります。原子核に近い軌道から順番に入るのは大枠では変わらないのですが、修正パッチが適用されます。なお、この内2つは名前がついています。
・電子は回転(スピン)している
・電子のスピンは上向き(↑)と下向き(↓)がある
・1つの軌道には↑と↓のスピンが1つずつしか入れない(パウリの排他原理)
・同じ軌道に入っている↑と↓のスピンの組をスピン対と言う
・同じエネルギー順位では先ずはスピン対を作らないように入る(フントの規則)
 文章だけだと分かり難いでしょうから図を用いて説明します。

図.2-2 電子が軌道に入る順番

 例として炭素(C)と酸素(O)を使います。図では省略していますが、最初に一番低い軌道1sを2つの電子が入ります。続いて2sを埋めます。炭素は合計6つの電子を持つので後2つが2pに入りますが、フントの規則から同じ軌道には入らず、同じスピン(通常上向きが先に入るように描かれます)が2つの軌道にばらばらに入ります。酸素は合計8つの電子を持つので6つ目までは炭素と同じです。7つ目は2pの残り1つの軌道に入り、最後の8つ目がパウリの排他原理により逆向きのスピンが2pの何処か(ここでは分かり易く左端にしています)に入ります。
 このスピンと電子の”席順”が結合の方向や磁力などに影響を与えています。これらに関しては別の機会に説明します。


 今回の説明を土台として次は原子が繋がって分子ができる仕組みつまり原子の結合について説明します。

2024/1/29:最外殻の電子の数に関する説明を修正

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