油紙と角砂糖の庭園
「角砂糖を取ってくださいな」
そんな声がした。
気付けばわたしは洋の設えで切り揃えられた庭園の中ほどに在る巨木の下に据えられた、これまた洋の趣にあった乳白色のチェアーに座していた。巨樹の梢の合間からキラキラと光が滲み両の目を射すもので、とても美しい庭園だと云うのに彩る花も緑も何だか朧げに見える。少しく残念だなと思う。
何事も霞が掛かるのは切ないことだ。
わたしの少しばかり詰まった出来の悪い脳味噌は、出来が悪いだけあって前頭葉の辺りにいつも膜が掛かっており、いつだって世界を自分を霞んで映す。いっそ破けたらなあと思う。ビリビリと油紙を破るかのように取り除けたらさぞ気持ちが良いだろうなあと思う。
考えるに、この出来損ないの脳膜をさらに包む茫洋とした膜は、我が身を守るオブラートの様な物なのだろう。わたしの脆弱な神経はそんな薄膜でも張っておかないと、きっと耐え切れないのだ。
オブラートなど濡れてしまえば立ち所に溶けてしまうと云うのに。
破れないなら溶かして仕舞えばよいのだが、きっとわたしの脳味噌はもうカラカラなのだ。そこいら中、スカスカと海綿のように穴ぼこが空いていて、オブラートの奥から実のない沈想がチンアナゴのように顔を覗かせるばかりなのだ。哀しいものだ。
「ねえ」
「ねえあなた」
「角砂糖を取ってくださいな」
幾分霞の掛かった声がする。
差し向かいに座る淑女は大樹を背にし影を踏み、影に飲み込まれたように真っ黒でその面差しは見えない。
わたしはきっと彼女は眩しいほどに美しいから影を纏ってしまったのだと考える。そうして想像を逞しくするその美しさに怯んでしまいそうになる心をヤッと励まして「角砂糖ですか」となるべく抑揚を付けぬよう、鸚鵡返しに問う。
「そうです、角砂糖。ほうら、そのかわらけの中に在る」
彼女の頼りなげに細い指先が示す先に在るのは、一体何の亡骸を納めたものかと訝しんでしまうほどに小さな骨壷である。洋物の、乳白色のテーブルに何とも不似合いな代物だが、わたしはこれが夢だと識っているので、骨壷に角砂糖が入っていてもなんら驚かない。
ただ何となく面倒だな、と思ってしまい、しかしすぐに何が面倒なのかも分からなくなってしまって、勢い蓋を開ける事とした。
中には角砂糖ではなく、豚の鼻の形をした豚の鼻砂糖が入っていた。
「豚の鼻砂糖ですがよいのですか」
「よいのです」
「ではおいくつ」
「ではひとつだけ」
彼女の前に在る、いつまでも湯気を出し続けるオレンジティにわたしは豚の鼻の形をした砂糖を指先で一つ摘んで落とし、すぐさまカップの底を覗き込んだ。
豚の鼻の両穴からあぶくがプクプクと無秩序に浮かんでは消え、浮かんでは消えとし、ついには尾を引くように溶けてしまった。
何だかわたしはひどく哀しくなってしまった。