水母
頭のてっぺんからぷちんとした感触と共にするすると糸が伸びたような、あるいはそうめんに似た身体付きの寄生虫が音を立てて頭皮を破り、天へと昇って行ったような感覚に「ああ、起きて居なければ起きて居なければ、とあれだけ念じていたにも関わらず、わたしは睡魔に負けてしまったのだ。そうしてろくな我慢も出来ずに眠ってしまったものだから、せうけらに捕われてしまったのだ。あれは三尸の虫が天帝に罪を報告しに行く音だ。そうしてわたしは地獄に堕ちるのだ。実に憐れな、しかして実に己に相応しい後世であろうか。物の怪を愛し敬い観察して憧憬し恋焦がれ、そうやって観ていたつもりがいつの間にか観られる側に立っていたことにも気付かずに安穏と暮らしていた間抜けなわたしは、好物に数多の罪を仔細漏らさず耳そばだてられ、永遠に地獄へと堕ちるのだ」。
そう思った瞬間わたしの身体は海の上を渡っていた。一面の青い海だ。波はゆうるりとした風を受けうねうねとwaveを繰り返している。白波が立つほどではない。「ああ、白波が立つことを故郷では『うさぎが跳ぶ』と呼んでいたものだ。ここいらでは何と呼ぶのであろう。随分と生ぬるい風が吹いているからか今はうさぎは海を跳んではいない。うーらー。うーららー。ああ、わたしはいま一匹の水母となってしまった。遠く空を背面にして海中をふよふよと浮かんでいる、随分と派手な色合いの水母だ。限りなく透明に近いブルーの身体の内側に赤い豆電球のような光がぷつぷつと瞬いている。まるで一つのカンテラのようだ。何とも気味の悪い配色だこれが電気クラゲと言うものであろうかああ気味が悪いこんな生き物になってしまうとは怖気が立つようだ。
このまま海に浸かればきっとわたしは本当に水母となってしまう。きっとこのまま海に溶けて強大な生命のスープの一欠片になってしまうのだろう。そうなればもう愛しき人や動物達に触れる事は叶わなくなるのだ。何とも悲しい。もうあのビロードのような肌触りの黒い毛の塊に触れられなくなるのか。悲しい。悲しい悲しい悲しい。哀しくて寂しくて堪らない。でもわたしはもう海に沈まなければならない。いつまでも空を漂ってはいられないのだ。
わたしは醜い水母なのだからーー」
と云ふ、切に切なく苦しひ夢を見て目が覚めた。