悟りへの執着を手放したいという執着から強制的に解放されて“いまここ”に至る。
どうやら一周まわってきたようだ。

朝起きて顔洗って仕事にでかける。
晩酌しながら、色々あったりなかったりの
今日を報告しあう。

かつて斜めに見ていた俗世間。
そんな日常がたまらなく愛おしい。
画像1

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?