見出し画像

ビンゴが苦手なリーチマン。

僕は昔からビンゴゲームがかなり苦手だ。
会社の忘年会、結婚式の2次会、誕生日会などなどで催されるアレが苦手だ。
司会者がランダムな番号を読み上げ、それに応じてカードの穴を開けていくアレが苦手だ。
あと1つで縦か横か斜めか一直線に穴が開くなら、「リーチ!」と叫ぶアレが苦手だ。
ビンゴになったら大勢の中で「ビンゴ!」と叫び、素敵な景品が貰えるアレが苦手だ。

特に、大人になってからのビンゴゲームが苦手だ。
大人になってから参加するイベントでのそれは、1等2等の景品に結構いいモノがもらえたりする。
ディズニーペアチケットとか、コーヒーメーカーとか、温泉旅行券とか、高級食材とか。
それで目の色が変わる、参加者のギラつきが苦手だ。
だってランダムで当たるんだから、本人が気合い入れても意味ないじゃん、って思うんだけれど。
またビンゴゲームって、地球人全員ビンゴ大好き前提で始まる感じあるじゃないですか。
「皆さん、、、次はビンゴゲームやりますよぉー」「うぉー!きたー!」みたいなノリがあるじゃないですか。
その輪の中に僕は勝手に入れられて、断ることもできず、強制的に「俺以外は楽しい空間」みたいなやつに染まざるをえない状況下が苦手なのです。
始まる前に、「自分ビンゴ苦手なんで不参加で」って言えないあの雰囲気がどうも苦手で。

リーチが来て、「はい、リーチ!」と大勢の中で発表するのが苦手だ。
なんか注目されるようで恥ずかしいし、周りの人がちょっと焦ったり悔しがったりするのも意味がわからない。
だってランダムなクジだから、自分の力の及ばないところで勝負してる訳で。
そもそも僕はビンゴになりたいと思っていないのだから、嬉々として「来た来た!リーチ!」なんて言えないのよね。

そして仮にビンゴになってしまって、当たって皆の前に出るのが苦手だ。
被害妄想かもしれないが、「1等2等は参加者のメジャーな軍団や人気者に当たるべき」って期待を皆が持っているように感じてしまう。
だから僕が当たっても、「お前ごときが当たるなよ」と思われてそうで気が引けてしまう。
だから良い景品が当たったらもう最悪だ。
ワシみたいな惨めな小男は、残念賞の「駄菓子詰め合わせ」で十分なんでゲスよ、、、ヒヒヒ。
またその際に感想というか、ビンゴの喜びを伝えるのも苦手だ。
そんなに欲しくない景品を手にして、偽りの喜びや感謝をするのが苦手だ。
そんなことなら景品は貰わず、帰りは手ぶらで帰りたいと思ってしまう。

そんな僕が編み出したのは、途中から番号を言われても穴を開けない作戦だ。
それでも一応リーチになる位までは参加する。
ダブルリーチくらいまでは作っておく。
でもビンゴになっても穴を空けない。
だから一生、ビンゴにはならない。
まさに完璧な作戦だ。
でもそんな中でも、他人のビンゴカードを見てくる奴とかがいる。
そしてお節介に、「そこの9番、空けられるよ」と教えてくれる。
分かっているさ、わざと空けてないんだから。
でもそんな人が居るから、終わるまで意外と気を抜けない。
だから僕は最後まで、「くぅ〜、だいぶ惜しいところまで来てるのに中々来ないぜぇ〜」って顔や態度を演じなくてはならない。
そんなピエロを演じている自分が大嫌いだ。
そんな自分を俯瞰で見てしまった時は、「頭を撃ち抜いて、俺に最後の穴を空けてくれ」と願ってしまう。

いつだったか忘れたが、前職の忘年会の時だった。
計画通りビンゴに当たらず、そのまま帰るところだった。
仕事で一緒になる優しい先輩に呼び止められ、こう言われた。
「ビンゴ当たってなかったでしょ?」
「俺、景品もらったんだけど、こういうの持ち帰るとカミさんうるさいからあげるよ」
紙袋に入ったそれは、結構でかい箱だった。
反射的に笑顔で、「え、マジすか!ありがとうございます!」と言ってしまった。
そして、そういう自分も嫌だった。
何かと紙袋の中を覗くと、そこに入っていたのは「一人おつまみ調理器」だった。
先輩には悪いが、マジで要らなかった。
忘年会の帰りの道、それを抱えて電車に乗った。
混み合う電車でその景品は邪魔だった。
隣の乗客に、「こいつ家で一人で焼き鳥焼こうとしてるぜ!」そう思われてそうで辛かった。
そしてそれは、まだ一度も開封しないまま、今も押し入れに入っている。

そんな生き様で生きてきた自分だ。
もう何個もリーチが来ているのか、実は既にビンゴが来ていたのか分からないままオッサンになってしまった。
気づけば心のビンゴカードは、穴だらけでくすぶったままでいる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?