景色

バスの中には私達の他に2人しかいない。1人は薄汚い作業着を身にまとってるおじいさんでもう1人はスカートの丈がひざ下まであるグレーの学生服を着た中学生である。窓を見ながらおばあちゃんは少し悲しそうな顔をしている。なんでなんだろうか。外は寒そうとはいえこんなにも晴れている。家では優しく笑っているのに、最近バスに乗るといっつもこうである。最近では"しょうしこーれいか"というらしいが、この近くに住む人はどんどん少なくなっているらしい。おばあちゃんは家でよく私を膝に抱えながら昔はもっとにぎやかだったと話してくれる。そういえばその時も悲しい顔をしている。はてなんで人間はふと悲しそうな顔をするのだろう。私達が悲しむのはエサを忘れられた時くらいだ。もっとも悲しいというより腹立たしいという感情に近いのだが。私がおばあちゃんの膝の上でなんとなくそんなことを考えながらもバスはいくつもの停留所を飛ばして進んでいく。窓から見える景色からは電信柱が次から次へと過ぎていた。と思っていたら、小さな郵便局でバスはゆっくりと止まった。おじいさんと女の子が運転手に挨拶して降りていく。私のおばあさんと同じように常連なんだろう。運転手だけになるとおばあさんは私に話しかけるように「昔はもっとゆっくりだったのにな」そうつぶやいた。私にはなんのことかさっぱりわからなかったが、運転手にも聞こえてたみたいだ。「もう少しゆっくり走りますか?」運転手が言うとおばあさんは少し微笑みながら「お願いします」と答えた。このやり取りを聞いて私はおばあさんの考えてることが分かった気がした。私のおばあさんはこの町の景色が好きなんだ!昔は人も多く、車も多かったからバスは停留所によく止まっていたし、今ほど道路は空いていない。もっとゆっくり進んでいたに違いない。その景色をゆったり楽しんでいたんだ。おばあさんの膝に乗ってからもう10年にもなるが、初めて気が付いた。驚きである。人間はみんなせっかちなものかと思っていた。夕方の散歩はいつもよりゆっくり歩くことにしよう。


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