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弟のこと

私には姉と、弟がいます。
弟は、男の子なのに女の子の体に生まれた(FtM)です。

私がこどもの頃、手塚治虫の「リボンの騎士」というアニメが放映されていました。男の子と女の子の心を持って生まれたサファイア王子。
私は男の子のときのサファイアが好きでした。きりっとして、身軽に剣を操って。カッコよかったなぁ。

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弟は、妹だった頃から弟でした。
オモチャはラジコンや、ピストルや手錠の入った「西部警察」セット。習い事は空手。仲良しの男の子のお友達もたくさんいました。

そんな弟から、はじめて打ち明けられたのは彼が高校生のときだったか。幼いころからの成長を見てきた私には、そうだよね、そのほうが自然だよなぁ、そう感じられました。

そしておたがい大人になり、それぞれの人生を歩くようになって。離れて暮らしていたから、なかなかゆっくり会うことは出来なかった。

弟から、胸の切除手術を受けたいと告げられたとき、私は手術に付き添うことを希望しました。1月の冷え込んだ朝、横浜から病院へ向かう新幹線の窓に、朝焼けに染まる富士山が見えた。

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オペ室へ見送ったとき。
そして術後のリカバリー室で、まだ麻酔で朦朧とする弟の手をさすったとき。言葉にならない思いが押し寄せ、涙があふれた。

『べつに男に生まれたかったわけじゃなくて。男でも女でも、どちらでもよかったんだよ、ふつうに生まれたかった。結婚して、子どもも持ちたかったし、家族をつくりたかったな』

手術を決めた頃、弟がくれたメール。
その文面を、心の中でいくども反芻した。

のんきな末っ子で、いっつも笑ってた。
その笑顔のかげで、ずっと悩んで苦しんでたんだね。結婚して離れて暮らす私に気兼ねして、昔みたいには話せないこと、たぶんたくさんあったよね。気づけなくて、ごめん。

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3日間付き添い、まだまだ痛みも強く、ひとりで動くのはつらい体の弟を残して帰る夜。心配でさみしくて涙が出そうで、だから考えないようにして病室を後にした。

病院から乗ったバスの窓から、白く大きく輝く月が見えた。どうぞ弟を見守ってください、そうお祈りした。

夜の中、新幹線はびゅんびゅん走り抜けてゆく。弟が、だんだん遠くなる。
車窓に流れ過ぎる街の灯り、そのひとつひとつがそこに暮らす人々の、小さくてあたたかな営み。それを眺めながら泣けて泣けてしかたがなかった。
大人になって、人目もはばからずこんなにも泣けるなんて思わなかった。

傷を負って痛む弟の「体」に私は語りかけていた。

健康な体を切られたんだから、うんと痛かったよね、ごめんね。これからホルモン治療もはじまるから、また負担がかかるよね。
でもね、小さい頃、あんなにびびりで心配性だったあの子が、ずっとずっと悩んで考えて、それでも自分で決めたことだから。だからどうぞわかってあげてね。姉からのお願いです。

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弟の名前が決まった日の朝のことをおぼえています。

ふとんに寝かされたあかちゃん。その隣に寝そべって顔をのぞきこむと、小さな黒いまあるい瞳で、じっと私を見つめていた。

私たちの魂は、ほんとうはあのときとなにも変わらないんじゃないかな。
この世に生を受けたのは、この体で生きながら、それぞれが持ってきた宿題を解くためなのかもしれない。

そして、また少しづつ、あの頃に戻っていっているような気がするのです。

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