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にゃー太郎と麦星家族 その② 《病院編:前編》

 さて、前回無事(?)に保護されたにゃー太郎。
そんな小さな風邪っぴきの彼がこの後どうなったのか、簡単に説明しよう。

 前回の記事でも書いたように彼は猫風邪が酷かった。暫く様子を見てもなかなか治らなかったので、学校帰りに弟と一緒に動物病院へ連れて行く事となった。

 今から書くのはその病院での出来事である。

◆いざ、初めての動物病院へ!!

「さ、病院行くで。にゃー太郎、我慢してな」

 ピクニック用の籠に入れられたにゃー太郎。
恐らく、捨てられると思ったのか、小さい身体でめちゃくちゃ叫んでいた。自転車の荷台に乗せて病院まで運んでいたのだが、買い物帰りのおばちゃん達にめっちゃ見られたという記憶だけは残っている。

(捨てに行くわけじゃないから、そんな目で見やんといてぇーー!!)

 思春期真っ只中の私と弟は人の目が気になって仕方がなかったので、弟と共に短い足を必死に動かして動物病院へと向かった。

 家から歩いて二十分程の距離に最近できたばかりの動物病院が建っていた。外観は建ったばかりなので、めちゃくちゃ綺麗。ガラス窓の向こうから大きな犬の鳴き声が聞こえていた。

 駐輪場に自転車を停め、いざ動物病院の中へ。
動物病院の中はとっても綺麗で待合室には診察を受ける犬猫達が大勢待っていた。

「こんばんは〜、この病院は初めてですか?」

 セーラー服を着た私と学ランを着た弟に気付いた受付のお姉さんがにこやかに迎えてくれた。しかし、この受付のお姉さんが北川景子並みに綺麗な人だったので、この後、私は重大な過ちを犯してしまう事となる。

「はい、そうです。この子を診てもらいに……」

 ニャーニャーと叫び声をあげるにゃー太郎を籠越しに見せた私。すると、受付のお姉さんはパァッと顔を輝かせてこう言ったのだ。

「わぁ、可愛い子猫! 実は私もアメショー飼ってるんですよ! お名前はなんて言うんですか?」
「な、名前? えっと……」

 私は言葉に詰まってしまった。
なんせこの時の私は思春期の中学生。このネーミングセンスのカケラもない、にゃー太郎という名前を言うのが恥ずかしくて堪らなかったのだ。

(はぁ〜〜〜〜、なんでオトンはこの子の名前をにゃー太郎にしたんや! この子の親猫にはダッちゃんていう変な名前を付けるし、ネーミングセンスのなさにほんまドン引きなんやけど! ていうか、なんで口頭でこの子の名前を言わなあかんねん。いや、今の会話の流れやとそうなるか。う〜〜〜〜ん、どないしよ……)

 この時、かの有名な夏目漱石さんの書いた著書『吾輩は猫である』のように「名前はまだない」と機転を利かせて言えたら良かったのだが、私はまだ思春期の中学生。そんな頭に回転は良くない。※今も良くない

(ハッ……そうや、偽名を使ったら良いんや!!)

 私は受付で数秒間、悩んだ末にまだ生まれて数ヶ月しか経っていない子猫に偽名を使う事にした。

 それは保護した日に遡るーー。
オトンと私でこの子の名前を付けるのに喧嘩したのだ。

「絶対、にゃー太郎や!」

 ドヤ顔で言い放つオトンを見て、私は猛反対した。

「嫌や、そんな変な名前! 友達が遊びに来たら、絶対に笑われるやんか! この子の名前はソラ君や!」
「いいや! コイツは絶対、にゃー太郎や! 決まり決まり! なぁ、にゃー太郎〜?」

 いつもは寡黙で私達の前でもデレデレしないオトンが、唯一にゃー太郎だけにはデレた瞬間を目の当たりにし、麦星姉弟は少し引いてしまって何も言えなくなってしまったのだ。

(どうしよう……なんか言わな、喋られへん子やと思われる!)

 私は受付のお姉さんの目をジッと見てみた。

 目の綺麗な人だ。多分、この子の名前はにゃー太郎っていうんですって、言っても笑わないだろうな……そう思った。

 だが、しかし! 私は思春期の中学生。
今日の朝、友達に「子猫ににゃー太郎っていう名前を付けたんよ」っていったら「なんでそんな昭和チックな名前をつけたんや!?」と腹を抱えて爆笑されてしまい、ほんの少しだけトラウマになってしまったのだ。

「フゥゥ……」

 私は腹を括った。私に残された選択はただ一つ。この子に偽名を……ソラっていう偽名を名付ける事だ。

「ソラって言います」

 その発言を隣で聞いていた弟が何か言いたげな目で見つめてきたが、私は無視した。

(うん、君の言いたい事はわかるよ。でも、北川景子級に綺麗なお姉さんを目の前にして、にゃー太郎っていう名前なんですとは言えなかったんだよぉぉぉぉ!!)

 心の中で言い訳をズラズラと並べる私をよそに、受付のお姉さんは「ソラ君ですね、可愛い〜! ソラ君の猫風邪が早く治ると良いですね!」と、籠の中にいるにゃー太郎に笑いかけてくれた。

 眩しい……北川景子級の笑顔が眩しいよ、お姉さん。

 今日一日分のパワーを使い果たした私はお姉さんから問診票を受け取り、待合席に座って必要事項を記入していった。

 その間、弟は何も言わずに私の記入した項目を目で追っていく。だが、私がある項目で手を止めたのを見て、小さな声でこう言ったのだ。

「……ソラっていう偽名を書くんか?」

 私はボールペンを持つ手が震えた。
非常に迷った。今ここでソラって書けば、この子は永久的にソラという名前になる。何度も言うが、私は思春期真っ只中の中学生。今更、にゃー太郎という名前を書く勇気はない。

「…………この子の名前はソラや」

 私が震える手で問診票にソラと記入したのを見て、弟は膝の上に乗せていた籠に向かって「君の名前はソラやってよ、にゃー太郎」とボソッと呟いたのを私は聞き逃さなかった。

※実際に診察券を載せたかったけど、実家にあるんだった……。


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