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コロナの時代の分配

ここしばらく「ネットワーク」という言葉が入っている本を片っ端から読み散らかしています。今回は、経済セミナー「ネットワーク科学と経済学」特集号のうち、「中心性を使った感染症の制御」(小蔵正輝著)を読み、効果的なワクチンの分配に「友情のパラドクス」を使っていることを知ったので、そもそも「友情のパラドクス」とは何か、そして関係しそうな論文を見つけたので紹介します。

友情のパラドクス

「友情のパラドクス」とは、自分より友達の方が平均的に多い友達を持っているという現象を指します。ネットーワークの文脈で書き直すと、あるグラフに含まれるノードの平均次数が$${\langle K\rangle}$$の時、あるノードに繋がっている複数のノードの平均次数は$${\langle K\rangle}$$よりも大きくなります。

ワクチンの分配という視点で考えると、あるコミュニティ内でコミュニティメンバーとの接触が一番多い個人と接触する人を選び、その人にワクチンを分配することで最も効果的に感染症の伝播を防げるということになります。元となる論文(Cohen et al., 2003)は、2003年に書かれたものですが、COVID-19時代においても、同じことが言えるのか検証した論文を見つけました。

コロナの時代のローカルコミュニティにおけるワクチン分配

あるコミュニティの全ての接触パターンを調べることは、お金も時間もかかり全く現実的ではありません。それに代わる方法はないかということで、論文では、nomination of most popular contacts (NP)が提案されています。具体的には、コミュニテイ内から無作為に個人を選択し、その人に一番病気を広げる恐れのある接触をする人を選んでもらい、ワクチンを接種する方法です。(McGail, Feld et al., 2022)その選ばれた人に更に次の人を選んでもらいワクチンを接種します。大きなサイズのローカルコミュニティ(N=3,000)にて、主に以下3つ戦略により病気伝播を防げる程度(感染する感受性者$${S}$$の割合)をネットワーク構造をもつSEIRモデルを用いてシミュレーションをし比較検証しています。

  • 戦略R:無作為に個人を選び、ワクチンを接種します。

  • 戦略D:次数が最も高い個人にワクチンを接種します。

  • 戦略NP:次数が最も高い個人と接触のある個人を無作為に選び、ワクチンを接種します。つまり、この論文で提唱されている方法です。

基本再生産数$${R_0}$$の値が大きくなるほど、またワクチンの接種割合が大きくなるほど、戦略Rでは戦略D及びNPと比べて感染する感受性者数の割合が大きくなります。例えば、$${R_0}$$を1,2.5,4と増加させた際に、$${R_0}$$=4の時に、戦略RとNPの差が最も顕著になります。75%の感受性者が感染を免れることが分かりました。戦略D及びNPでは大きな差が認められません。コミュニティ内の次数を全て知っているという前提に立った上で、戦略NPの方が感染する感受性者数の割合が戦略Dよりも抑えられる場合もあることが分かりました。

アペンディックスの資料も確認しました。統計検定を明示的にはしていませんが、エラーバーから判断する限り、戦略D及びNPでは結果に有意な差が認められませんでした。コミュニティ内の次数を事前に知っている必要があることを考慮すると、ローカルなコミュニティにおいては戦略NPの方が、全体のコストとしては低い可能性が示唆されたと理解しました。

終わりに

今回紹介した論文は、ノードの特徴量(年齢、性別、職業等)ではなく、ネットワークの構造を考慮したシミュレーションの結果でした。個人的な疑問として、ノードの特徴量とそのノードの持つネットワークの指標は独立ではないように思います。ネットワークの指標のみでシミュレーションをした結果を政策に反映する場合であっても、ノードの特徴について言及や考慮せざる得ないのではないかと思っています。言及することでの政治でハレーションが起こったこと、今後も起こる可能性はありますが、意思決定の判断材料のうちの1つとして検討する価値はあると思います。

COVID-19ワクチンに関しては、すでに国民に十分に配布され、自己負担に関する議論も始まっているため、分配に関する研究紹介は時機を逸したという印象があります。今回は論文の紹介ですが、次回以降は実際にコードを打つか何か手を動かした結果について記事を書きたいと思います。

参考文献

  1. 小蔵正輝「中心性を用いた感染症の制御」、『経済セミナー』2020年12月・2021年1月号、42-46頁

  2. Cohen R, Havlin S, Ben-Avraham D. Efficient immunization strategies for computer networks and populations. Phys Rev Lett. 2003 Dec 12;91(24):247901. doi: 10.1103/PhysRevLett.91.247901. Epub 2003 Dec 9. PMID: 14683159.

  3. McGail AM, Feld SL, Schneider JA. You are only as safe as your riskiest contact: Effective COVID-19 vaccine distribution using local network information. Prev Med Rep. 2022 Jun;27:101787. doi: 10.1016/j.pmedr.2022.101787. Epub 2022 Apr 5. PMID: 35402150; PMCID: PMC8979884.


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