苦しい日々

子どもはめでたく不登校。

11月の秩父の温泉で体調も持ち直し、めきめき元気になっていく。

吐き気を訴えて常に手放さなかった洗面器も所定の場所に戻った。

譲渡会で譲り受けた生後半年の子猫が家族に加わり、元気にあちこち歩きまわってる(実際は歩くどころじゃなく飛び回っている)姿に癒される。かわいい。かわいいけど、面倒見る、と息巻いていた息子は早々にトイレの始末もご飯の世話もしなくなった。

診断時に、「この子は家庭にいる分には何の問題もない。集団に入れるなりいざこざする。学校では担任は冷たいし、スクールカウンセラーもなんもわかってない。授業は簡単すぎて、でも先を見るのもダメで、彼のおかれている環境はほとんどいじめだ。二次障害を起こしてしまうのも避けなければならない。小学校の低学年のうちに集団や同調圧力で潰されてしまう子をたくさん見てきたから、彼をつぶさないために不登校をお勧めする」と言われ、太字のところに救われた。少なくとも、彼にとって家は安全基地であり得る。私は、完全とはいかないまでも安全基地の構成員になり得ている。

それとは別に、私の一人の時間がほぼなくなった。

朝から晩まで一緒。宵っ張りだから、早めに寝かしつけて夜一人でゆっくりコーヒーでも、というわけにもいかない。幼稚園へ行き始める前のような、進みたい方向へ素直に進めない感覚。右足を一歩前に出すにも気を遣う。学校へは毎日プリントを受け取りに行った。そのわずかな20分が一人の時間。それも、行きたくないところへ行きたくもない担任の顔を見に行くのだ。下校時間に合わせて動く、微妙に自由度のない日々。

診断前から情報を得ようと見ていたTwitterを、今度は同じように不登校の子を持つお母さんの知恵を求めて貪るように読んだ。幸い、たくさんの人が頼もしいつぶやきをされていた。

その横で息子は午前中に少しだけ国語と算数の勉強して、それが終わると寝るまでずーーーーっとマイクラをし続ける。出来上がったものを見てほしくて私に声をかける。そして話す内容は、ほぼマイクラのことのみ。ご飯の時も、お風呂の時も、それ以外の時も、マイクラのことが頭から離れないようだ。こちらから話しかける内容にかぶせて「でねー、このレッドストーンがあーでこーでこーなって…」滝のようにマイクラの言葉が紡がれていく。

「どうせやるならスイッチじゃなくてパソコンで。この子はマイクラの回路とかも論理的に理解できているから、プログラミングにもつながりやすいよ」と医師に言われたので、安いノートパソコンを購入してそこへJava版のマイクラを入れた。あっという間に操作を覚え、マウスとキーボードで何かを作ったりしている。MODを入れたいと言い出して沼にはまりつつもある。

子どもといえど、一日中自分ではない誰かが自分を必要としながらずーっとそばにいる、という息苦しさ。多分、子どもが不登校になったとき、そこに寄り添うということが簡単ではないというのはここにあるんだろうと思う。

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