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もし明日、大切な人が死んだら?

友だち、お母さん、恋人、おじいちゃん、子供。もしも明日、大切な人が死んでしまったら?大切な人を残して、自分が死んだら?  誰かが死ぬ準備、自分が死ぬ準備、あなたはできていますか。


どうも、mugiです。
こんなめためたに重い話を書くつもりはなかったんですが、自分の為にも残しておきます。

看護師をしていると、色んな人の死を感じます。

突然交通事故にあったり
長い闘病生活の末に穏やかに亡くなったり
入院してから別の病気が見つかったり
脳死判定を受けた幼児から虐待の痕が見つかったり
死にたくて死にたくて自分の身体に火をつけたり
余命を受けてから死ぬ為に身の回りの整理をしたり。

看護師になってまだ数年ですが、沢山の死を感じてきました。死があった分、残された家族たちにも出会ってきました。

忘れたくない、忘れてはいけないと考えさせられた家族がいました。



ようやく桜が咲き出した春先の早朝、
散歩中に交通事故にあった80代の女性が運ばれてきました。

私は救急病棟で受け入れ準備をしましたが、
病棟に上がってきた際には重症頭部外傷により脳が出血でパンパンに腫れて今晩が山という状態。ご家族の希望で延命行為や治療は行わずにDNARとなりました。

残された時間を家族と過ごして貰えるように個室で付き添って頂き、病室には長年連れ添った夫、娘夫婦と孫、妹様など大勢。

徐々に心拍数が落ち、
あっという間に心電図はフラットになり 病棟に響く娘夫婦と孫の声と鼻をすする音。

窓から夕陽が溢れる中死亡宣告が行われ、
ご家族との最後の時間を過ごして頂き、
私たち看護師でエンゼルケア(亡くなった方への処置、保清、メイク)を行いました。

夕陽はすっかり落ちて夜、お見送りの時です。

泣きなぎらも医師に頭を下げて下さる娘様たちの横で、

「〇〇はどこに行くんや?」
「家に帰れるくらい元気になったんか?」

と 全く奥様が亡くなられた現実を受け止められない夫の姿。

その瞬間、私は堪えられずに泣いていました。

ああ、人の死ってなんて残酷なんだ。

もっとご家族の話を聞いていたら?私の家族ケアや配慮は充分だった?もっともっと私に出来たことはあったんでは?他の業務やタスクを調整していたら時間を作れたのでは?

なにより看護師になって死や病気が身近になりすぎて、人としての大切な部分を失いかけてたのでは??

その日は家までの帰り道、
ぬるい夜の春風に吹かれながら大泣きしました。

全ての人に人生があり、立ち止まって向き合い続けていくことのできる人間でいたい。

本人や家族が少しでも死や病気を受け入れられる関わりをしたい。

最後の時間を大切に大切に過ごしてもらえるようにしたい。


看護師として 人として、一生大切に心に留めておきたい 忘れたくない春でした。



もし明日、大切な人が死んだら??  

私はきっと受け入れられません。


だからこそ、大切な人には愛を伝えたい。

毎日伝えるのは難しくても、少しでも。

この記事を読んだ人が、明日朝起きてから大切な人に愛を伝えられますように。

時間は有限で、終わりはいつ来るか分かりません。


大切な人には愛を伝えましょう

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