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道に迷ってAmazon

 目と鼻の先のコンビニへ買い物に行こうとしたら、どういうわけだか道を間違えてしまった。
「あれ、ここはどこ?」わたしは呆然と立ち尽くす。遠くに見えるはずの都庁は見当たらず、代わりにうっそうとしたジャングルが広がっていた。
 季節は夏。暑くて蒸し蒸しとしているのは当たり前のことだけれど、いつにも増してむっとする。
 よく見れば、木も草も「亜熱帯植物原色図鑑」でしか見たことのないようなものばかり。遠く頭上からは、鳥か獣かもわからない、奇妙な鳴き声が聞こえてくる。

「どこに来ちゃったんだろうな。下落合を、こう歩いてきたんだから……まさか、噂に聞く新大久保へ来ちゃったのかなっ」藪をかき分けながら、わたしは歩き回った。
 コパイバ・マリマリの木の幹に、「ようこそ! アマゾンへ」という看板を見つける。
「ああ、アマゾンか。まいったなあ」わたしは気落ちし、自分の方向音痴を呪った。「とりあえず、炊飯器だけでも取りに戻らなくちゃ」
 わたしは大急ぎで家に帰ると、炊飯器に米を3合量って詰める。水を入れると重くなるので、アマゾン川で間に合わせることにした。
「おかずは現地調達ということで」わたしは炊飯器を抱えて、元いたアマゾンへ取って返す。

 川縁で米を研ぎ、ぽかんと口を開けて待っているデンキウナギにコンセントを差し込んだ。
「ふう、これでよし。ひとめぼれをアマゾンの水で炊くっていうのも、案外、贅沢な楽しみかもしれないなぁ」
 ご飯が炊けるのを待っている間、わたしは急ごしらえの釣り糸を川面で操る。
 何が釣れるかわからないが、ピラニアだったらラッキーだ、そう期待する。脂の載ったピラニアは、煮ても良し、焼いても良し。刺身で食べても最高なのだ。

 しばらく岸に座るが、なかなか喰いついてこない。
「おかずなしのご飯なんて、コーヒーを入れないクリームのように寂しいものになりそう」わたしは暗たんとした気持ちになった。
 こんなとき、通販とかがあれば便利なのだけれど。

 待てよ、とわたしは閃いた。スマホをポケットから出して、いつもの通販サイトにアクセスしてみる。
「あー、よかった! ちゃんとつながるっ」
 さっそく注文をしようと、メニューを開いた。
 何にしようかな。レトルト・カレー(甘口)と、それにドクター・ペッパーを頼もうか。
「いや、待てよ。せっかくアマゾンに来てるんだから、ここでしか食べられないものにしよう」
 リストには、オポッサムの蒸し焼き、ナマケモノの味噌和えなど、日本ではまずお目に掛かれないものばかり並んでいる。
 さんざん悩んで、カイマンの姿焼きに決めた。1人前で2,000円と、ちょっぴり値は張るが、こんなときでもなければ食べる機会はない、そう割り切ってみる。

 炊飯器の炊き上がりお知らせアラームに合わせるように、川上から防水段ボールが、どんぶらこ、どんぶらこと流れてきた。
 たぐり寄せて岸に上げてみると、さっき頼んだ「カイマンの姿焼き」と、その明細書が入っている。
「うーん、焼きたてのワニのいい匂いっ。どこから食べようか。頭からかな、それとも尻尾からかなぁ」
 アマゾンの森に日が沈んでいく。明日は家に帰れるといいな。

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