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海底動物園

 腐れ縁の桑田孝夫とわたしは、清水港にある、エスパルスドリームプラザのタリーズでアイス・コーヒーを飲んでいた。
「動物園に行こうっていうからついてきたけど、ここって港じゃん。それとも、日本平まで行くの?」わたしは状況が、よく飲み込めていなかった。

「いいや、ここでいいんだ。ほら、波止場を見てみろよ。あれはなんだと思う?」桑田は窓の外をあごで示す先には、ヨットがたくさん浮かんでいる。
「ヨットで行くつもり?」わたしは驚いた。
「ばかっ。もっと、ちゃんと見ろ」
 ヨットに混ざって、黄色い小さな潜水艦が潜望鏡を出したまま波間で揺れている。
「まさか、あれに乗って行くんじゃないよね?」
「その、まさかだ。さ、残りのアイス・コーヒーを飲んじまえよ」

 桑田は潜水艦をコンコン、とノックした。すぐにハッチが開き、セーラー服姿の男が顔を出す。
「はあい、毎度お馴染みの海底動物園行き潜水艦『ぶくぶく号』でございます」男はにこっと笑ってそう言った。
「2人乗ります」と桑田。
「頭をぶつけないよう、お気をつけてお降り下さあい」
 桑田がまず入り、続いてわたしも乗艦する。
 中は軽自動車程度のスペースで、どちらの席に座っても窓の外を眺めることができた。
「思ったほど、狭くないんだね」わたしは桑田に話しかける。
「うん、そうだな。結構、快適だよな」桑田もうなずいた。
 
「それじゃあ、ぶくぶくっと潜らせていただきまあす」艦長はポンプのスイッチをポチッと押す。バラストタンクに水が流れ込み、潜水艦は徐々に沈んでいった。
 潜行しながら、少しずつ沖に向かって進む。窓の外が次第に暗くなっていく。
「でも、海の底にあるんだったら、動物園じゃなく、水族館なんじゃないの」わたしが言うと、
「いや、それが違うらしいんだ。クジラとかサカナなんかじゃなく、キリンやゾウもいるって、パンフには書いてあったぞ」
「海にキリンやゾウ? ほんとかなあ」
「着いてみればわかるさ」桑田は本気で信じているようだ。

「お客様、海底をごらん下さあい。あれが駿河海底動物園でございまあす」艦長が告げた。
 わたし達は急いで窓の外を覗き込む。普通の動物園のように、大小、様々な檻が並んでいるのが見えた。
 潜水艦は檻のすぐ近くまで潜り、歩く速度で巡回していく。
「わっ、ほんとだ。キリンがいるよっ」わたしは思わず声を上げた。背の高い檻の中に、やたらと首の長い網目模様をプリントした動物が、ジャイアント・ケルプをはんでいる。
 桑田がわたしの側の窓に顔を寄せてきた。「でも、ちょっと変な姿だな。あ、そうか。脚がみんなヒレになってるのか!」
 檻には「ウミキリン」と名札がかかっている。

「おおっ、見ろ、むぅにぃ。ウミザルがいるぜっ」今度は桑田の窓から見える檻だった。
 ゴリラほどの大きさで、海の生き物にしてはやたらと毛深い。
「伊藤英明にちょっと似てない? ほら、あのエラが張っているとこなんてさ」わたしは言った。
「ありゃあ、本物のエラだ。海ん中に住んでるんだからな」
「この動物園にいるのって、なんでもかんでも頭に『ウミ』が付いてるね」
「まあな。なんつったって、海底動物園だし」
「ウミブタもいると思う?」わたしは聞いた。
「それ、漢字で『イルカ』って読むんだろ。いねえんじゃないかな、かぶっちゃってっから」

「この先は海底牧場になってまあす」艦長が案内を読み上げる。
「牧場だってさ」わたしは、窓にほっぺたをくっつけてあちこちと探した。
「ということは、放し飼いにしてるんだな。ウミヒツジとか、そんなところかねえ」桑田は首を捻っている。
 そのとき、潜水艦の上空を大きな影が横切っていった。
「あっ、あれは」わたしはガラスに手をついて見上げる。
「いたのか?」
 青地に黄色い水玉の大きな動物だ。尻尾の代わりに、ピンクの花をくっつけている。
「うん、間違いない。ウミウシだよ」

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