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夜の公園で

 昼のうち降った雨がまだ引かず、町中、どこもかしこも水浸しだ。歩道ですら、人のくるぶしまで溢れている。
 おろしたてのレイン・ブーツを履いて、わたしは近くの公園まで行ってみた。
 深夜の公園は人気もなく、ときおり吹く風に煽られ、枝葉のこすれる音だけが聞こえてくる。

 碁盤の目のように作られた遊歩道を、ただひたすらに歩いた。ざぶざぶと水をかき分けて進むのは心地よい。真っ黒な水が、水銀燈の光を受けてぬらぬらと揺らめく。

 屈んで、手を水に浸してみた。冷たくて、とても気持ちがいい。水をかくと、縁石に向かって波が走っていく。それが楽しくて、何度も繰り返しては遊んだ。

 波の行く末を目で追っていくと、檻が置かれているのに気づいた。小さな檻で、中にはネコが1匹、身じろぎもせずしゃがみ込んでいる。
「なんで、こんなところに」わたしは檻に近づいた。
 ネコはじっとこちらを見つめている。生気のない虚ろな目だった。かすかに震えていなければ、置物と間違えてしまいそう。
 外に出してやろうと出入り口を探すが、どこにも見つからない。

 檻はここだけではなかった。辺りを見渡すと、あっちにもこっちにも、大小様々の檻が置かれている。
 リスの入った小さなもの、ウシやウマなどの檻、果てはゾウ、キリンまでもが打ち捨てられていた。
 わたしは1つ1つを見て回る。どの動物も、おびえて悲しそうな様子だった。近づくわたしの顔を、ただじっと見つめるだけで、ぴくりとも動かない。どの檻にも出入り口はなかった。
「かわいそうに。誰がなぜ、動物たちを閉じこめているんだろう」悲しい思いが、わたしの心へと直接流れ込んでくる。

 遠くからクルマの音が聞こえてきた。わたしはとっさに、木の陰へと身をひそめる。
 白いバンが、そう離れていない場所までやって来て停まる。中から黒いスーツを着た男が降りてきた。開いたドアから射し込む街灯の明かりが、車内を照らす。
 頭のてっぺんから爪先まで派手な服を着た中年の女性が、後部座席にだらしなくもたれかかっていた。帽子にはクジャクの羽、コートは銀ギツネの毛皮だった。

「早いところ、すませておくれ」女が言った。
「はい……」男は答えると、バックドアを開けて黒っぽい塊をつまみ出し、歩道脇にぽいっと放り捨てる。
 ぐったりと力つきたアルマジロだ。たちまち、その周囲には鉄の棒が突き出て、あっというまに檻が出来上がる。
 これらの檻は、捨てられた動物たちの「墓標」だったのか、とわたしは悟った。
 木の陰でその一部始終を眺め、あまりの理不尽さに涙がこぼれる。

 バンが走り去ってしまうと、わたしは再びネコの檻に戻った。
「ごめんね、ごめんね。人間は勝手な生き物だね。でも、どうかあの人達を許してあげて。一番憐れなのは、人間の方なんだ。なぜって、自分がかわいそうだということに気づいてないんだもの」
 泣きながら、わたしは檻に触れる。頑丈な鉄の棒は、光の粒子となって崩れ消える。
 ネコは一声「ミャウ」と鳴くと、どんどん薄くなって、やがて夜の闇に溶けていった。

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