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湖畔で実況をする

 マイクを手に森の中をさまよっている。
「この道で本当に合ってるんですかぁ?」背後でカメラマンが心配そうな声を漏らした。
「さあ……」とわたし。そもそも、なぜこんな所を歩いているのかもわかっていない。
「そんな、無責任な。ディレクターから何も聞かなかったんですか。メモを預かってるとかは?」
「何も聞いてないよう。そっちこそ、打ち合わせとかなかったの?」
「ぼくはただ、『撮ってこい』と言われたから付いてきてるだけで、ほかは何も知らされてませんからね」

 どうやらわたしは、実況中継に派遣されたリポーターらしい。いったい、何の実況なのだろう。

 ふいに視界が開けた。木と木の間からは、向こう岸が霞んで見えるほど広い湖が見える。
「どうやら、この辺りらしいね」わたしはほっとした。薄暗い森は気持ちまでも滅入らせてしまう。
「ふう、どうなることかと思いましたよ」カメラマンは袖で額の汗を拭う。

 湖では、驚くべき光景が展開していた。
 スカイツリーほどもあるドラゴンと、それに引けを取らない大きな人喰い鬼とが戦っている。
「奴ら、湖から上がってきませんかねえ」カメラマンが不安そうに聞いてきた。
「たぶん、来ないとは思うけど……」でも、身の安全が保証されているわけではない。「それより、ちゃんとカメラは回ってる?」
「回ってますって。さっきから、一瞬たりとも止めてませんよ。これでも、一応はプロですからねっ」

 わたしは実況を始めた。
「おおーっと、ドラゴンの強烈な巻き付きだ! これには人喰い鬼もたまらないっ。苦しそうに身をほどこうとあがくが、簡単には外れないぞ! あっ、今度は人喰い鬼のパンチが、ドラゴンの顎をまともにとらえたっ。これは痛いっ、さしものドラゴンもこれは効いたーっ!」

 ふと湖畔の岩場に目をやる。古ぼけた箱が置かれていた。海賊が宝箱を入れるのに使う、あのお馴染みの箱だ。
「ねえ、カメラマンさん。あの箱はなんだろうね」
「へ? どの箱ですか」カメラマンは、きょろきょろと見回す。
「ほら、岩の近くにあるでしょ?」
「あ、ああ。ほんとだ」そう言うと駆けていった。「見てくださいよ、こいつ。まんま、ドラクエに出てくる宝箱じゃないっすか」

 わたしもそばへと行ってみる。頑丈そうな木製の箱だ。長い間うち捨てられていたとみえ、表面はかなり傷んでいる。
「開けてみようか」わたしは言った。
「ミミックとかだったらやばいですよ」カメラマンは後ずさりする。
「ゲームのやりすぎだって」わたしは一瞥をくれてやった。
 鍵は掛かっていたが、蹴飛ばしたらあっけなく壊れる。
「開けるよ」とわたし。
「いいですよーっ」カメラマンは、いつの間にか森の入り口まで距離をとっていた。

 中には装飾の施された剣が入っている。手に取って調べてみると、柄のところに「ドラゴン・バスター Made in Japan」と刻印がしてあった。
 湖の方を振り返ってみた。圧倒的にドラゴンが優勢だ。人喰い鬼が倒されるのも時間の問題である。
 人喰い鬼に勝った後、ドラゴンは大人しく古巣に帰ってくれるだろうか。いや、可能性は限りなく低い。ひとたび湖を出れば、人類にとって大いなる脅威となることは間違いなかった。
 では、どうする?

 ようやく自分の役割を悟った。
 マイクを捨て、剣に持ち換える。木の陰で様子をうかがうカメラマンに向かって叫んだ。
「カメラを回し続けてっ。いい? 絶対にカメラを止めないで!」
 手に取ったドラゴン・バスターを高々と天に振りかざすと、湖に向かって走り出す。

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