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1日市長を務める

 どっしりとした革製のイスは、たいそう座り心地がよかった。それなのに、どうも落ち着かない。
 高さを変えたり、お尻の位置をずらしてみたりと、かれこれ30分も繰り返している。
 わたしは市長に任命されたのだ。といっても、1日かぎりだけれど。
 肩には、「1日市長・むぅにぃ」と書かれた紅白のたすきを掛けている。

 机の上の電話が鳴った。1階受け付けからの内線だ。
 一息置いて、受話器を取る。
「はい、1日市長」
「むぅにぃ、じゃなくて、あの、1日市長。あなたにお会いになりたいという方が、こちらにいらしてますが、どうしましょう?」
「お通ししてください」わたしは言った。
「本当によろしいんですか?」相手が念を押してくる。
「ええ、かまいません。わたしにご用なんでしょう?」
「わかりました。おっしゃる通りにいたします。それでは、窓の方へご案内いたしますので……」そう言うと、電話は切れた。
 
 はてな、窓から案内するってどういうことだろう。お客さんなら、ドアから入ってもらえばいいのに。
 第一、ここは3階だ。羽でも生えていないかぎり、それは無理というものである。
 わたしは首を傾げながら、窓の外を振り返った。
「ええっ?!」思わず、大きな声を上げてしまう。確かに窓から顔をのぞかせる者があった。背中には羽があったが、飛んで来たわけではない。ただただ、図体が大きいのだ。 
「こんにちは、1日市長さん。わたし、穴蔵山からこちらに越してきた、鈴木六太郎と申します」
「越してきたって、どこにです?」わたしはガラス窓越しに聞いた。「だって、あなた、どこからどう見たってドラゴンじゃありませんか。それにその全身を覆う赤いウロコ、焼け焦げた鼻先、お見受けしたところ、火吐き種でしょ?」

 ドラゴンは前足で頭の後ろをぼりぼりと掻く。
「ええ、おっしゃる通り、少しばかり火を吐いたりします。ですが、吐くのは職場だけです。わたしは住み込みで働くことになったんです。グラウンドを間借りしましてね、そこで寝泊まりしています」
「はあ、そうですか。で、その職場というのは?」
「町外れのゴミ焼却場です」ドラゴンは答えた。
「ああ、なるほど。昨今、燃料代もばかになりませんからね。あなたのような方が働きに来てくれて、市としても大助かりです。それで、今日はどういったご用件でしょうか?」安全なドラゴンだとわかり、わたしは窓を開けた。硫黄の匂いがぷんっと部屋に流れ込んでくる。

「長期で働くことになりそうなので、こちらで市民登録をしておこうかと。ほら、市営のスーパーや交通機関が割引になるし、自治体に参加して地域貢献もできるじゃありませんか」
「一応、うかがいますが、国籍は日本ですよね?」
「ええ、もちろんっ!」ドラゴンは胸を張った。
「そういうことでしたら、あなたを市民として認めることにします」
「ああ、ありがとうございます、1日市長っ!」
「ただし、職場を除き、町中では一切、火を吐かないこと。この条件に署名していただきます」わたしは言った。
「はいはい、誓います。署名もいたします」

 わたしは引き出しから書類を出して渡す。ドラゴンは、窓から身をねじ込んで、必要事項を記入していった。
「じゃあ、この書類を持って、1階の1番窓口へどうぞ」
「えーと、あのう……」書類を手にしたまま、ドラゴンは困ったように立つ。
「なんでしょう?」
「わたしの体では玄関が狭すぎて、入れそうもないんですが」
「あ、そうかっ」うーん、と悩んで、「仕方がない。来週、またいらして下さい。それまでに玄関を広くしておきますから」
「そうしていただけると、助かります」ドラゴンはペコリとおじぎをして、帰っていった。

 時計を見ると、そろそろ夕方の5時になる。わたしの務めも終わりだ。
 メモ用紙にボールペンで走り書きをする。
 
 〔来週までに、玄関を広くするよう、工事して下さい。ドラゴンの鈴木六太郎さんが、市民登録の件で窓口を回ります。 1日市長・むぅにぃ〕

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