ヴェイダー卿の親戚かもしれない乗客
ブルートレインに似た古い電車に乗って、わたしは東北へと向かっていた。
狭いシートには、わたしのほかにおばあさんが3人、ぎゅうぎゅう詰めで座っている。空いている席があんなにたくさんあるのに。
「きつくありませんか?」遠回しに、そう尋ねてみた。
「はい? なんですって?」1人はたいそう耳が遠いらしかった。
「きついだなんて、あなた。こんなの、戦後のごたごたに比べたら、ほんとになんでもないことなんだから」もう1人には、説教をされてしまう。
「……」一番端っこのおばあさんは、どうやら眠っているらしい。
あきらめて口をつぐんでいることにした。席を立って空いている場所に移ればいいのだけれど、それも失礼な気がしてならない。
それにしても暑い。いまは夏、真っ盛りである。おまけに、窓は閉めっ切りだった。エアコンなどついていない。
さりげなく両隣に目をやるが、おばあさん達も汗びっしょりだ。さっきから1度も目を醒まさないおばあさんなど、真っ赤な顔をして、うんうんとうなされていた。
このままだと熱中症になるよ、とわたしは心配になった。特にお年寄りは体温調整が利きにくいので、真っ先にやられてしまうに違いない。
せめて窓が開くといいのだが。
駅に入って電車が停止する。山の中の無人駅だったが、客が1人乗り込んできた。
全身黒ずくめで、マントをはおっている。黒光りしたヘルメットに口もとだけスリットの入ったマスク。あのダースヴェイダーにそっくりだ。
違うところがあるとすれば、卿にしては痩せすぎていた。栄養失調といってもいいくらいである。
スコーッ、スコーッと苦しそうに漏れる呼吸音にかぶるように、聞かれもしないうちから自分の名を名乗る。
「わたしはスマートヴェイダーというものだ。この電車に寒気をもたらせに参った」
何を言っているのかさっぱりわからない。この暑さでいかれてしまったのだろうか。そもそも酷暑のなか、あんなばかげた格好でうろつき歩いていることがおかしい。
しかし、ただの変態ではないことをすぐに思い知らされた。
「寒気とともにあらんことをっ!」そう叫んだとたん、口もとのスリットから白い息が吹き出してくる。
車内はたちまちひんやりと冷え込み、さっきまでの汗がうそのように引いていった。
「ひゃあっ、こりゃ気持ちがいいもんだわい!」おばあさんが素っ頓狂な声を上げる。
「終戦直後は、そりゃあ暑かったもんだ。それが当たり前だった。なのになんだい、こんな贅沢なんかしおって」すぐ隣のおばあさんは相変わらず、ぶつぶつとぼやく。
端っこのおばあさんはなおも眠り続けていたが、今度は入れ歯をがたがたと鳴らして寒そうだ。
次の駅で、スマートヴェイダーは降りていった。
車内は再び、むんむんと蒸し暑くなっていく。
「あの人がいなくなったとたん、逆戻りですね」わたしはハンカチを取り出して、額を拭った。
「はあ? いま、なんと言ったかね?」そうだった。このおばあさんは耳が遠いのだ。
「昔は、暑いだのなんだのとは言っちゃならんかったんだぞ。お国のために戦っている兵隊さんは、その万倍もつらかったんだぞっ」
いつまでも起きる気配のないおばあさんの額には、玉のような汗が浮かんでいる。
早くも、スマートヴェイダーが恋しくてたまらなくなってきた。
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