弁当工場の日常
始業のベルが鳴り、わたし達従業員は持ち場に着く。先頭も最後も、霞んで見えないほど長いラインだった。
各自、一斉に箸を持つ。カシャカシャと小気味のいい音が建屋に響いた。モーターがうなり、ベルト・コンベアーは滑らかに動き始める。
ここは「弁当工場」だ。といっても作る方ではない。わたし達が食べるのだ。
コンベアーに載って、弁当が次から次へと流れてくる。それを片っ端からつまんでは、口に放りこんだ。
「今日はハンバーグ弁当からかぁ」遙か先で誰かのつぶやく声がする。
「ハンバーグ弁当」ではあるけれど、副菜に玉子焼きやウインナーも入っている。
初めのうち、わたしは玉子焼きばかりを食べていた。大好きだったし、一口サイズに切ってあるので、取りやすいのだ。
前の席の親切な人がハンバーグを切り分けて流してくれるようになったので、玉子焼き、ハンバーグ、玉子焼き、ハンバーグ、と交互に食べることにした。
弁当の中の何を食べようがかまわないのだが、一口は必ず手を付けなくてはならない。
玉子焼きもハンバーグも飽きてくると、ご飯を取ったり、たくあんを1切れ囓ったりして、どうにか持たせる。
備えつけのお茶もあるが、あまり飲みすぎると食が進まなくなるので控えた。
休憩時間までは席も立てず、ただひたすら食べるよりほかないので、みんな真剣だ。
弁当は、「日替わり」ならぬ、「時替わり」だ。1時間毎に、違う弁当がやって来た。ピンポーンとチャイムが鳴って、新しい弁当に切り替わる。
わたしは、最後のハンバーグ弁当からウインナーを抜き取り、ごくっと飲み込んだ。
今度は「のり鮭弁当」だ。鮭は小骨が多いので、誰もが敬遠する。わたしの所までたどり着く頃には、のりばかりが剥がされ、ほとんど白飯にされていた。鮭はそっくり、残っている。
班長がメガホンを口に添えながら回ってくる。
「みなさん、面倒がらずに、ちゃんと鮭も食べてくださいね。お願いします」
功を奏したようで、鮭が少しずつ減ってきた。ときどき、きれいにほぐされ、小骨まで除いてあった。魚嫌いのわたしでさえ、思わず箸が伸びる。
〔ピンポーン、パンポーン〕
最初の休憩時間だ。ベルト・コンベアーが停止する。
わいわい、がやがやと賑やかに、休憩所へ向かった。
「むぅにぃちゃん、これ食べる?」持ち場の近いパートのおばさんが、手さげからカップ・ケーキを出す。
「あ、いただきます」わたしも、今朝、駅前で買ってきた栗蒸し羊羹をテーブルの上に載せた。「ここの店の羊羹、とってもおいしいんですよ。みんなで食べましょう」
みんなで持ち寄ったお菓子は、たちまち山のように積み上がった。
「いつもながらすごいわね。これだけで、お菓子屋が開けちゃうんじゃない?」
「ほんと、大した量だわぁ。しかも、どれもみんなおいしそうっ!」
「でも、こんなの、あたし達だけでペロッと平らげちゃうんだよねえっ」
「うんうん。さっき、あれだけお弁当食べまくったくせに、われながらびっくりだわよ」
「でも、まあ、甘い物は別腹だしさ」
「そうそう、別腹、別腹っ」
〔ピンポーン、パンポーン〕
休憩時間の終わりだ。
さあ、昼ご飯まで、また頑張って食べなくっちゃ!
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