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宇宙船の清掃員として働く

 全長が数キロにも及ぶ巨大な葉巻型宇宙船で、わたしは清掃係として働いていた。現在、試験飛行を兼ねて、太平洋沖を東回りに超低速で航行中だ。
 わたしは、清掃という名目で自由にどこでも入ることが許されていた。客室や船倉はもちろんのこと、機関室だろうが艦長室だろうが、モップとバケツさえ持っていけば、顔パスで通してくれる。
 役員会議室を掃除しに行ったとき、上官クラスの連中が数人、こんな事を話しているのを聞いた。
「アメリカの宇宙開発機構の有人探査機が、火星に向かう途中で、たまたま宇宙人に出会ったんだろ?」
「ああ、その通り。火星に行くのはやめにして、連中としばらくランデブーすることにしたんだ」
「で、そのお人好しの宇宙人をまんまと言いくるめて、奴らの宇宙船をいただいちまったんだよな」
「その船に、われわれがいま、こうして乗っているのも不思議なもんじゃないか」

 彼らは、わたしがその場にいることもお構いなしにしゃべり続ける。掃除係など、ロボットか羽虫程度としか考えていないのだ。
「ようっ、今日も艦内はぴっかぴかだな!」デッキに続く廊下で、いきなり声をかけられる。油で汚れたツナギ姿の青年が、笑いながら立っていた。
「あ、緑川さん」
 緑川さんは動力室のチーフで、他の機関士達からも慕われている人物だ。一介の掃除係であるわたしと対等に接してくれる、数少ない乗員である。
「どうした、浮かない顔なんかして。また、お偉いさん達に下ネタでも聞かされたか?」
「いいえ、そうじゃないんですけど」わたしは言い淀んだ。
「ん? 悩みがあるんなら聞くぜ。ま、解決できるかどうかは保証しないがな」そう言って、あっはっはっ、と笑った。

 ずっと気にかかっていたことがある。わたしは思い切って、聞いてみた。
「この宇宙船って、表向きは宇宙人から友好的に譲り受けたことになってますよね」
「あ、ああ。そうだな」すぐに真顔になって話を聞く緑川さん。
「あれ、ウソじゃないですか? 本当は、宇宙人をどうにかしちゃって、無理やりに取り上げたとか……」
「かもな。おれは整備士だからわかるが、この船に使われている技術は、そりゃあ大したもんだ。くれと言って、はい、どうぞ、なんて人様にやれるわきゃあねえ」
 内心、ああ、やっぱり! と得心した。少なくとも、わたしと同じ考えを持った者が、ほかにもいたのだ。
「乗っていた宇宙人は、殺されちゃったんだと思いますか?」
「いや、それはないな。人間にとって未知のテクノロジーが、こん中にゃぎっちり詰め込まれてるんだ。連中の知識がどうしても必要だ。現場に渡された青写真も、彼らに協力させて描かせたものだろう。どんな手を使ったのかは、知りたくもないがね」

 わたしが一番心配していることは、宇宙人達の母星にこのことがいつ知れるかということだった。
 いや、もうとっくに伝わっているかもしれない。だとすれば、今頃は仲間の奪還と報復の準備をしているに違いない。
 そのことを緑川さんに話してみた。
「宇宙人が仕返しに攻めてくる……か」緑川さんは考え深くつぶやく。「この宇宙船が奪われてすでに1年以上になる。その気があれば、もっと早くそうしてるんじゃないかな」
「じゃあ、どうして?」
「信じてるんだと思う」と緑川さん。
「信じてるって、何を?」
「おれたち人類、皆が皆、愚かな略奪者ばかりじゃない、ってことをさ。誰かがいつか、船とその乗組員を故郷に送りかえしてくれる、そう信じて待ってるのさ」

 地球に住むのは、悪人ばかりではない。それは確かだ。けれど、政府に反旗を翻してまで、雄志が集まるだろうか? 宇宙船が帰れる日など、本当に来るのだろうか? 
 わたしは懐疑的だった。
「来いよ」緑川さんが声をかける。わたしは彼に着いていった。
 自在エレベーターをいくつも乗り継いで、着いた先は、どうやら船尾にほど近い部品倉庫らしかった。
「この部屋をよく覚えとけよ」緑川さんが押し殺した声でいう。扉には「ET,C」とペンキで書かれていた。
 扉を開け、2人並んで入っていく。雑多な物置で、それほど広くもない。ただ、人だけは大勢いた。ざっと数えただけで、50人ばかり。着ている服も様々で、各部署から集まっていることが見てとれた。

「この人たちは?」わたしは緑川さんに聞く。
「つまり『心優しき者達』よ」緑川さんは答えた。
 ああ、そうか。わたしなどが思うより早く、事は進み始めていたんだ。
「ここは『休憩所』だ。いいな?」緑川さんがにやっと笑う。
 もちろん、承知している。その日が訪れるまで、決して口外はしない。

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