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日替わり魔法使い

 この町は、ソーサラー・パネルを使っている家が多い。大気中の魔法元素を触媒にして発電させる、そんなシステムだ。
 太陽熱同様、燃料を使わず、しかも高出力。各家庭の日常的な電力をまかなうには十分なのだが、必ずしも「クリーン」なエネルギーとは言いがたかった。
「2丁目の斉藤さんのお宅で『事故』があったそうよ」
「またあ? 今月に入って、これでもう3度目じゃない。で、どんな具合? 住んでいる方、平気だった?」
「うん、大したことなかったそうよ。焼いていた魚が、取り出してみたらヒキガエルになっていたんですって」
「あらまあ! でも、その程度で済んでよかったじゃない」
 ときどき、主婦達のそんな会話を聞く。

 ソーサラー・パネルは、負荷をかけ過ぎると、しばしば魔法が逆流した。その結果、思いもよらない現象が起こるのだ。
 食べ物の色や味が変わるくらいならまだいい。浴槽の湯が日本酒のお燗になった、という事例では、むしろ喜ばれたほどである。
 けれど、ときには笑い事では済まされないことが起こった。
 電気掃除機が命を宿し、しかも恐ろしく凶暴になって襲いかかってきたこともある。
「あんな経験、二度とごめんですよ。吸い口が、まるで大口を開けたカバのようになって、追ってくるんですもの。危うく、吸い取られてしまうところだった」地元のテレビ局のインタビューに、青い顔でそう答える人を見たことがあった。

 たいていの場合、局所的にことが収まる。ブレーカーが勝手に下がって、安全装置となるためだ。
 ところが、ブレーカーに不具合があったり、漏電したりしていると、さらなるやっかいごとを引き起こした。
 溜め込まれた魔法元素が次第に濃くなっていき、その家ばかりか、周辺地域までも異変に包まれるのだ。
 何年か前、町中にゾンビが大量発生した。どこかのお宅で観ていたホラー映画が、テレビ画面から溢れ出してしまったらしい。町内を強烈な腐敗臭が襲い、人々は逃げ惑った。
 こうなると、電源元を落としても手遅れである。集まった魔法元素が、さらに別の魔法元素を呼び寄せ、負のスパイラルと化してしまう。

 そうした事態に対応すべく、町を巡回しているのが、いわゆる「魔法使い」だった。
 月曜日から日曜日まで、日替わりで担当する。特別に与えられた権限により、暴走した魔法を押しとどめ、事故の処理に当たった。
 ゾンビをきれいさっぱり消し去ったのは「月曜日の魔法使い」で、ふだんは喫茶店のマスターをしている。自家製の炭火焙煎のコーヒー豆を、徘徊するゾンビどもに投げつけて、わだかまった魔法ともども浄化したのだった。
 「火曜日の魔法使い」はガソリンスタンドの経営者だし、「木曜日の魔法使い」は町外れの製材所の社長の奥さんだ。
 「金曜日の魔法使い」は繁華街に店を構える装飾店、「土曜日の魔法使い」は小学校の教員、「日曜日の魔法使い」は、どこにでもいそうな、サンデー・ドライブが趣味という、旦那さんである。
 これらは公然の秘密であり、町民も、承知していながら知らん顔を決め込んでいた。
 ただ、「水曜日の魔法使い」に関する情報だけは、正体が謎のままだった。

 それというのも、これまで水曜日に事故が起きたことがなかったからである。
 怪現象が起これば、その日を担当する魔法使いが、直ちに現場へと急行した。両手をクネクネと揺らし、呪文を唱え、どうにかこうにか魔法を解こうと行動を起こす。
 当然、その場に集まった者は、ああ、あの人が今日の魔法使いだったんだな、と知るわけだ。
 事故は月に数度、人々の都合などおかまいなく発生している。ただ、水曜日にかぎって、これまで何事もなく過ぎていた。
「きっと、水曜日は特別な日なんだ。ほら、ソーサラー・パネルの出力だって、水曜日だけは少し下がるだろ?」
 そんな説まで流れる。実際には、水曜日に電力が落ちる、といった事実などないのだが、まことしやかに受け入れられていた。

 そんな俗説も、とうとう否定される日がやって来た。
 とある水曜日、魔法災害が起きてしまったのである。
 
 それは、ひとひらの雪から始まった。
「あら、雪が……」ちらちらと落ちる雪は、やがてボトン、ボトンと音を立てて地面を叩きだす。
 初めのうち、都会に降る雪は珍しいと眺めていた者も、どうも様子がおかしいと気付きだした。
 アスファルトの上で、いつまでも溶ける気配がないのだ。次から次へと降ってきて、みるみる積もっていく。
「なんだこりゃ、雪じゃないぞ。餅だ。餅が降ってる!」試しにすくってみた1人がそう叫ぶ。
 道を歩く人はネバネバとしたつきたての餅に足をとられ、靴が脱げたり、そのままつんのめってしまったりと、往生していた。
 車道でも、タイヤが餅をどんどん絡め取って、しまいにはその場で動けなくなり、あっという間に渋滞ができてしまう。

「魔法だっ!」誰かが声を上げる。「こいつは、ソーサラー・パネルの逆流だ。『今日の魔法使い』は誰だっけ?」
「今日は水曜日だ。いままで、1度だって事故なんかなかったんだ。誰が魔法使いかなんて、知るもんか!」
 餅はますますかさを増していき、すねの辺りまで達していた。外を出歩いていた人々は立ち尽くし、ただ埋もれていくのを待つよりほかなかった。
「このままじゃ、お餅に飲まれておぼれちゃうわ。誰か、助けてっ!」
「もしかしたら、水曜日の魔法使いなんて、初めっからいないのかもしれない」
 町中が大混乱に陥る。

 突然、町内放送が甲高く響き渡った。
「コチラハ、チュウオウトショカン デス」
「図書館だって? はてな、確か水曜日は休館のはずなんだが」そう首を傾げる。
「ワタシハ、チュウオウトショカン ノ トショケンサクシステム、『ケンサククン』 デス。コレヨリ、ノウシュク サレタ マホウゲンソ ノ カクサンヲ、ココロミマス」あちこちに立つスピーカーが、そう告げる。
 サイレンの音が鳴り始めると、それまで曇っていた空が、次第に明るくなってきた。
 雲の切れ間から陽が差し、積もりに積もった餅をどんどん、溶かしていく。

「おおっ、助かった。やっと足が自由になる」
「やれやれ、一時はどうなることかと思ったよ」
 魔法とともに、地面の餅もすっかりなくなっていた。
「それにしても驚いたなあ。『水曜日の魔法使い』が、まさか図書館の端末だったとは!」

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