見出し画像

相撲部屋の看板娘

 相撲部屋の看板娘はアドバルーンそっくりな体つきだ。住み込みの力士達も、みんなボールのように真ん丸。両手両足が肉に埋まってしまっているので、自分では移動することもままならない。
 そんな彼らを娘は、ほいっほいっと転がしていく。部屋はもちろん、外に連れていくにもコロコロと押した。

 この相撲部屋は経営状態が悪く、力士を食べさせていくのもやっとだった。
 親方は部屋を閉め、旅館としてやっていきたいと考えている。そのことに娘は強く反対しており、口論が絶えなかった。

「部屋をやめてしまったら、あの子たちはどうなると思うの? あんな真ん丸なんだもの、よその親方なんて、絶対に引き受けてくれっこないわ」
「だがなぁ、このままでは部屋が潰れてしまう。そんなこと、お前だってわかっているだろう。弟子達には飯炊きや接客をやってもらえばいい。なあに、ちゃんこぐれえは作れるんだ。連中にとっても、悪い話じゃあるめぇ」
「父さんはそれでも相撲取りなのっ?」娘は親方に突っ張りを操り出して責める。
「何しやがるっ!」親方はとっさに上手投げで返した。
「あいたたっ!」もんどり打って倒れながら、娘はなおも言う。「あの子たち、みんな力士目指して頑張ってきたのよ。それなのに……」

 親方はふいっと顔をそむけ、親指の背で目をぬぐった。
「わかってんだよ、んなこたぁ。だからってよ、ほかにどうもならねぇじゃねえか」
 娘も分別が戻ってきたのか、うつむいてしくしくと泣きだす。
「あたし達、どうしたらいいの?」
 親方は娘の肩に手を置いたものの、言葉が見つからないらしく、黙ったままだった。

 物陰から途方もなく大きな肉団子が5つ、6っつ転がり出る。この部屋の力士達だ。どうやら、2人の話をさっきから聞き耳立ててうかがっていたようである。
「親方っ、お嬢っ! わしら、旅館でも飯屋でも、なんだってやりますっ! みんなで力を合わせりゃ、そのうちきっと部屋を立て直せるって、そう信じてますからっ!」
「おめえら……」親方は絞り出すように言った。それから、たったいま気がついたかのようにこちらをふり返り、「で、おめえさん、なんだい? さっきからずっと見ていやがったな」

 看板娘の方も、いくらかとげのある目を向けた。
「そういえば、変な人がいるなぁって思ってたのよね。ここは関係者以外、立ち入り禁止のはずでしょ? それとも、なんか用でもあるの?」
「えっ、いや。あの……」わたしはしどろもどろに答える。なぜここにいるのか、むしろわたしが聞きたいくらいだった。
「どすこい、どすこいっ!」力士達も声を合わせて非難する。
 もう、何がなんだか。 
 
「さ、さようならーっ」わたしはきびすを返して、すたこらと逃げ出した。

 後日、相撲部屋があった場所を通りかかると、見世物小屋ができていた。表には、風船のような男達が転がったり、ぶつかり合ったりする歌舞伎絵が描かれ、勘亭流ででかでかと「毬相撲初場所」とあった。
 けっこうな繁盛振りで、もぎりを務めるあの娘も大わらわである。

 旅館はうまくいかなかったようだ。けれど、何が幸いするかわからない。彼らにとって、天職とも言える商売が見つかって、本当によかった。
 どうしようかと迷った末、わたしはチケット売り場へと足を向けた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?