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クモ型メカ、大暴れ!

 アオンモールのサンマクルカフェで、グリルチキンパン・セットを食べていると、いきなり爆発音が響いた。
「わっ、いったいなんの騒ぎっ?!」飲みかけのカフェラテを、思わず取り落としてしまう。
「お前と茶店に入ると、いっつも事件が起こるな」桑田も慌てた様子で、辺りを見渡した。ほおばっていた月見胡麻チキンバーガーのバーンズから、目玉焼きがつるんと滑り落ちる。
「こっちのセリフだよ」膝の上にこぼれたカフェラテをハンカチで拭きながら、わたしは言い返した。
 桑田と出かけて、平穏な時間を過ごせたためしがない。
「おれ、ちょっと様子見てくるわ」桑田はそう言って、フロアをのぞきに行った。
「気をつけてね」胸騒ぎがして、言葉をかける。
 桑田が店を出て行くと同時に、またドーンッと音がした。通路を、人が大勢駆けていく。誰もが、恐怖に引きつった表情をしていた。

「やべやべやべっ!」大声を発しながら、桑田が駆け戻ってくる。「おい、むぅにぃっ。逃げるぞ、いますぐだっ!」
 ただ事ではないと理解し、グリルチキンパンをわしづかみにして、桑田のあとへと続く。
「何があったの?」走りながらわたしは聞いた。
「わけのわからねえメカが暴れてるんだ」息を切らしながら答える。
 後ろのほうでガラスが割れたり、重機のようなものが床を叩く音がした。振り返ると、人の倍ほどもあるクモ型ロボットが暴走しているのが見える。
「な、何あれっ?」
「知らねえ。とにかく、逃げるしかねえっ」
 振動とともに、ホコリが勢いよく吹き込んでくる。建物が崩れるのではないかと不安になった。

 広いモールは、走っても走っても出口が見えない。
「こっちでいいんだっけ? なんか、奥に向かってない?」わたしは言った。
「合ってるって。確か、Fゲートに通じてるはず」
 ところが、その先は2階行きのエスカレーターがあるばかり。
「ほらあ、やっぱ違うじゃん」わたしはなじった。
「しょがねえ、いったん上に行って、それから反対側から回ろうっ」桑田は、動いているエスカレーターをさらに駆け上がる。
「もうっ!」わたしもそれに従った。引き返せない以上、桑田の言うルートしかない。
 2階でも、ほかの客達が右往左往していた。中には、どっちへ逃げればいいかわからず、わたし達のいるこのエスカレーターを逆走して降りようとする者までいる。
「ダメだって、こっちは降りられない。下にバケモンがいるんだぞっ」桑田が必死になって、それを止めた。

「じゃあ、どこへ逃げればいいんですかっ」相手は半狂乱でわめき散らす。
「2階のフード・コートへ回って、その脇の階段を下りるんだ」と桑田。
 エスカレーターの下の乗り口に、さっきのクモが姿を現した。赤く光る3つのレンズがクリクリッと素早く動き、わたし達を捉える。
「早く、駆け上れっ!」桑田が叫んだ。
 わたし達は急いで2階まで走り、エスカレーターから飛び降りる。すかさず、桑田が非常停止ボタンを押した。
 途中まで登りかけたクモ型メカは、ガクンッとつんのめり、重心を失って後ろ手に転がっていった。
「やるうっ、桑田。少しは時間が稼げた」ついでに、グリルチキンパンをクモ型ロボットに投げつけてやる。
「ぼやぼやすんなっ、逃げるぞ!」

 フード・コートまで出てみると、数人の客がテーブルを積み重ねていた。
「早く逃げないと、すぐにやってきます」わたしは大声で注意を呼びかける。
「いや、われわれは断固としてここで阻止する。こっちには武器だってあるんだ」サラリーマン風の中年男性が威勢よく言った。
「武器ってどんな?」桑田が尋ねる。
 傍らでさっきまで営業をしていたモヌ・バーガーの店長が、大きな筒を肩に乗せて現れた。
「こいつですよ。名付けて、バーガー砲」
「バズーカ砲?」わたしは聞き返す。
「いえいえ、バーガー砲です。どうです、心強い武器でしょう?」自信満々の笑顔だった。

「それって、まさか、ハンバーガーが飛び出すんじゃないでしょうね」
「ハンバーガー屋がハンバーガーを使わなくて、どうするんです」と店長。「もちろん、テリヤキバーガーを発射するんですよ。それも連射でねっ」
 無茶だ、とわたしは思った。桑田も隣で肩をすくめている。
 そうしている間にも、例のモンスターが足音を響かせながら近づいていた。
「来たぞっ!」前線を守っている客が叫ぶ。
「まかせてくださいっ」モヌ・バーガーの店長はバーガー砲を構えると、クモ型ロボットに狙いを定めた。「発射っ!」
 目にも止まらぬ早さで、次々とテリヤキバーガーが飛んでいく。
「そんなもんで倒せたら、自衛隊いらねえっつうの」桑田がぼやいた。
 ところが、意外。テリヤキバーガーは、ロボットの目であるレンズを塞ぎ、可動部の節や排気口へと入り込み、内部の電気系統をショートさせてしまう。
 派手に火花を散らすと崩れるように倒れ、それっきり動かなくなった。

「うそっ?!」わたしは思わず叫ぶ。
「うまい物に敵はなし」店長が誇らしげにバーガー砲をかかげた。
「おっどろいたなあ、とても信じられねえ……」桑田も口をぽかんと開けて、動かなくなったクモ型メカを眺める。
 ドドドッと不気味な揺れがモール全体を襲った。その場で喜びを分かち合っていた者は、一斉に辺りの様子をうかがう。
「今度は何?!」
 吹き抜けに黒い影がムクムクとせり上がってきた。二足歩行のロボットだ。さっきのクモ型などとは、比べものにならないほど巨大だった。

「でかいっ、でかすぎる!」
 バーガー砲では、とても太刀打ちできそうにない。
「どうする? ね、どうしようっ!」ロボットを見上げ、わたしは震えた。
「こうなったらやむを得ない。大至急、応援を頼もう」店長が意を決する。
「いよいよ、自衛隊だな。一緒にアメリカ軍も呼んどいたほうがいいぞ」と桑田。
「いや、まずはバーガーキンゲとドブドブバーガー。それと忘れちゃいけない、マタドナルドですな」
 ハンバーガーが、どうかこの窮地を救ってくれますように! 

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