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たくあんとタラコとあんパン

 寂しげな街道を1人歩いていると、向こうから誰かがやって来る。
「人と会うなんて、何年ぶりかなぁ」わたしは心の中でつぶやいた。
 網代笠を被った僧侶だ。風雨にさらされ、色あせてぼろぼろになった法衣を身にまとっていた。
 すれ違う際、軽く会釈をする。ちらっと笠の中を覗き込むと、乾いてしわだらけの、やたら黄色い顔が収まっていた。
 そのまま行き過ぎるかと思えば、「もし、旅のお方」と、背後より声をかけられる。
「はい、なんでしょうか?」わたしは立ち止まり、振り返った。
「この辺りに、古い寺があったはずなのですが、ご存じありませんか?」
「お寺ですか。さあ、見ませんでしたが」わたしは答える。
「そうですか。あ、いや。お手間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」僧侶は一礼をして、今度こそ去って行った。

「きっと雇われ和尚だ」自分で言っておきながら、はて、そんな職業などあるのかな、と考え込む。日が暮れないうちに、行き着けばいいけれど。
 分かれ道に立つ1本松の陰で一休みしていると、息せき切って駆けてくる者がある。
「すいませーん、いまし方、ここをお坊さんが通りませんでした?」30を少し過ぎたくらいの女性で、髪をてっぺんでひっつめ、巨大なお団子にして載せている。まるで、鏡餅のようだ。
「あ、見ました。この先を歩いて行きましたよ」そう教える。
「よかった。あのお坊さん、何を隠そう、かの有名な『タクアン和尚』なんです。尻尾の先を、少しばかり囓らせてもらおうかなって、ずっと追っかけてたんですよ」
「あの人、タクアンだったんだっ」わたしはたまげた。どうりで真っ黄色な顔をしていると思った。

「じゃあ、急ぐからこれで」女の人はタッタッタッ、と走っていく。
「あなたはもしかすると、明太子の妖精だったりしますーっ?」わたしは両手を筒にして叫んだ。
「そうだけど、どうしてわかったのーっ?」遠くから声が返ってくる。
 わたしは大声で理由を説明した。
「だって、その口っ! タラコクチビルだったからーっ!」
 かすかに聞こえる声は、もう何を言っているのかわからない。盛んに手を振る様子から、どうやら喜んでいるらしかった。
「あの人、先っぽだけって言ってたけど、頭までボリボリと食べちゃうんじゃないかなぁ。少しは残しといてやらなきゃ、かわいそうだよ」人ごとながら、心配になる。

 十分に休憩を取り、よっこいしょと立ち上がった。
「さて、どっちの道を行こうかな」道は三つ股に分かれている。真ん中に立つ道しるべによれば、右は海沿い、左は山あいへ通じるという。
「海はきっと、風が強いんだろうな。この時期、寒風が吹き荒れているに違いない。ならば、山はどうだろう。ああ、日が陰っていて、見るからに寒そう」
 となると、残る道は1本。真ん中を行くより、ほかはなかった。右と左は行き先が書いてあるが、間には何もない。なだらかな平地なのだろうか。
「ともかく、行ってみよう。そのうちに、どんな道かわかるだろうしさ」
 わたしは歩き出した。

 予想通り、野っ原が続く。たまに丘を上り下りすることもあったが、おおむね歩きやすい道だった。
 木立を過ぎたその先に、小さな茶屋が見えてきた。
「お腹も空いたことだし、あそこでお団子でも食べよう」つい、急ぎ足になる。
 店先の縁台に腰掛けると、店員が出てきた。
「いらっしゃいまし。ここまで、さぞや長旅だったんでしょ。ゆっくりしてくといいですよ」エビのように腰の曲がったおばあさんだ。姿こそ節くれだっているものの、話しぶりは至って健在で、ハキハキとよく通る声をしている。
「お団子は何があります?」わたしは聞いた。
「みたらしに、あんこ、きなこ、それから醤油団子があるがね」
 どれもおいしそうで悩んだが、みたらしとあんこを頼んだ。

 店の奥の炉端で焼く団子の匂いが、外までぷーんと漂ってくる。鼻先をくすぐる香ばしさが、空っぽの胃袋をますます締め付けた。
「お待たせしました」おばあさんが盆をもってやって来る。3串ずつ、合計6本の団子を盛った皿と、湯気立ち上る湯飲みが載っていた。
 わたしは串を取り、まだ熱々のみたらし団子をほおばる。
「どうです、うまいかね?」おばあさんは、少し離れた場所に腰を落ち着かせて、そう尋ねた。 
「ええ、やっぱり焙りたては違いますね。作り置きのばっかり食べてるから、しみじみおいしく感じます」
「そうかい、そうかい。そりゃあ、よかった」こっくり、こっくりとうなずく。
「さっき、タクアン和尚に会ったんです」お茶をすすりながら、わたしは言った。
「タクアン和尚かね。じゃあ、そのあとを明太子の妖精が追っかけていったろ?」
「はい、そりゃあもう、必死になって走って行きました」

「そのタラコ女だがな、もうちぃっとばかり待ってりゃ、それをさらに追い回すもんに会えたのさ」
「へー、それは誰ですか?」にわかに興味が湧く。
「決まってるさね、あんぱん男だよ。あの男はタラコめが、まだほんの娘っ子だったころからぞっこんでな」
「うんうん、それで?」どうやら、色恋沙汰の面白おかしい話が聞けそうだ。
「まあ、タラコとしてもまんざらではなかったんだろ。逃げる振りはしながらも、いつだって、どこかで足を止めてたんだからね」
「それって、あんぱん男を待っていた、ってことですよね?」
「ああ。でな、あんぱんが追いつくだろう? それをおのれの目で確かめると、あたかも、あんたなんぞ知らん、そんな顔をして走て行っちまうのさ」

 そんなやり取りを、もうかれこれ150年も続けているのだそうだ。
「いつになったら、2人は結ばれるんでしょうね」あんぱん男は、もう明太子の妖精に追いついた頃だろうか。その明太子の妖精は、念願だったタクアンの尻尾に齧り付けたのかなぁ。
「いんや、あやつらはいつまでたったって、あのまんまだろうよ。少なくとも、自分で自分のばかさ加減に気付くまでは、ずっと変わり映えなどないのさ」
 道中、もしも再び明太子の妖精に会うことがあったら、言ってやろう。
「タクアンを囓るよりも、もっと大事なことがありますよ」って。

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