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干物男を発見する

 公園の木陰でソフトクリームを食べていると、ツーッと大きなクモが降りてきた。
「ふふっ、クモなんかに驚くものか」内心、ドキッとしたが、どうにか持ちこたえる。
 ふうっと息を吹いて揺らしてやると、慌てたように糸をたぐって逃げていった。
「そういえば、ここしばらく志茂田を見てないなぁ」
 友人の志茂田ともるは手足がひょろっと長い。面と向かっては言えないが、クモにそっくりだ。
 家もそう遠くないことだし、ちょっとのぞいてこようかな。

 玄関のチャイムを押した。しばらく待つが、出てくる様子がない。
「留守かな」わたしはポケットからスマホを取り出すと、志茂田にかけてみた。
「……はい」志茂田が出る。なんだか、力のない声だった。
「いま、どこにいるの?」とわたし。
「どこって、家にいますとも、むぅにぃ君」
「えー、チャイム鳴らしたんだけど」わたしは文句を言った。
「聞こえていましたよ。あれはあなたでしたか」志茂田は面倒そうに答える。「大変に申し訳ないのですが、上がって部屋まで来てもらえませんか。玄関の鍵は開いていますから」
 どういうことだろうと首を傾げながら、家に入った。

 ベッドで仰向けに横たわった志茂田が、弱々しく手を振る。
「やあ、よく来てくれました、むぅにぃ君」すっかり干からびていて、見る影もなかった。
「どうしたの、その体っ?!」びっくりして駆け寄る。
「このところ太り気味だったので、思い切ってダイエットに挑戦してみたのですよ。いささか無理をしすぎてしまい、ごらんの通り、すっかり脱水症に」
「脱水症なんてもんじゃないよ、まるで、ミイラじゃん」思わず取ったその手はカサカサで、ボロッと崩れてしまいそうだ。なんとなく、カツオ節の香りがした。

「とにかく、水を飲まなくちゃっ」わたしはキッチンへ行って、冷蔵庫からペット・ボトル入り麦茶を持ってきた。
「すいませんねえ」ペット・ボトルをラッパ飲みしながら、志茂田は言う。「なんと申しますか、わたしは掛け値なしの『干物男』ですねえ、あっはっはっ」
 水分を補給するにつれ、だんだんと張り艶が出てくる。
「これだけじゃ、全然足らないね。ちょっと、飲み物を買ってくるから」わたしは小走りで、近所のスーパーへと向かった。

 水や麦茶ばかりじゃ栄養にもならないと考え、トマト・ジュースとオレンジ・ジュース、それにドクター・ペッパーを買った。

「ただいまぁ」さっそく、トマト・ジュースを志茂田に渡す。
 ごくごくと喉を鳴らし、息継ぎのついでにぼそっと言う。「こんなときになんですが、実はわたし、トマト・ジュースはあまり得意ではないのですよ」
 わたしは聞こえないふりをして、構わず飲ませ続けた。
 水分の抜けきっていた志茂田の肌は、しだいにトマト色へと染まっていく。少なくとも、さっきよりはずっと健康的に見えた。  
「リコピンはお肌にいいんだよ」わたしは言い聞かせる。

 続いて、オレンジ・ジュースを飲ませてみた。こちらは嫌いじゃなかったらしく、積極的に飲んでいく。
「ぷはあっ、オレンジ・ジュースはやはりいいですねぇ。生き返った気分ですよ」
 黄色くなった顔でにこにこと笑った。体もだいぶ膨らんできて、ほとんど元の姿を取り戻している。

「ドクター・ペッパーも買ってきたけど、さすがにもう入らないよね?」わたしは500ml入りをレジ袋から出して見せた。
「もちろん、いただきますとも。ドクター・ペッパーこそ、わが命の水ですからね」
 そう言うと、ひったくるようにして飲み始める。
 見る見る体の色が変わっていった。まるで、どす黒い風船だ。
「針で突いたら、ミックス・ジュースが吹き出してきそう……」率直な意見を口にするわたし。
「あはは、そうかもしれませんねえ。これに懲りて、もう無理なダイエットはやめにしますよ、むぅにぃ君」

 清涼飲料水の甘ーい香りが、部屋いっぱいに広がる。

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