見出し画像

お金の使い方を学ぶ

 周りからいつも、「お前は、お金の使い方が下手だ」と言われる。
 そうかもしれない。明日がバーゲンだというのに、前日に正規の値段で買ってしまうことなんてしょっちゅうだし、残高のことを忘れて、ついカードで支払いをしてしまうこともよくある。
 子どもの頃だって、親によく小言を言われていた。
「あなたって子は、お小遣いをあげても、持ってるだけみんな使っちゃうんだものね。少しは貯金でもしてみなさい」
 たくさんお金が入ったら貯金しよう、などと生きてきたけれど、そんな機会はやって来なかった。
 考えてみれば、大金が次から次へと入ってくるくらいなら、こつこつと貯金する必要などない。いざというときのために、日頃から蓄えておくものなのだ。

「そろそろ、お金の使い方を勉強しなくちゃなぁ」わたしがそうつぶやくと、機会をうかがっていたかのように、スピーカーを鳴らしながらクルマが近づいてくる。
「ご町内の皆様、毎度お騒がせいたしております、『お金の学校』でございます。お金の使い方を、手取り足取り、お教えいたします~」
 窓から覗いてみると、白い軽トラックがゆっくりと通り過ぎていった。荷台の横に、赤いペンキの手書きで「お金の学校」と書いてある。
 天の啓示に違いない、そう思ったわたしは、サンダルをつっかけて、軽トラを追いかけた。

「すいませーん、『お金の学校』に入学させてくださーい!」
 軽トラは停車すると、運転席から40代の男が顔を出す。
「毎度、どうも~。後の荷台に飛び乗って下さい。そのまま学校までお送りしますから」男は言った。
 わたしはタイヤに足をかけ、どっこいしょと荷台に転がり込む。
「乗りましたっ」荷台から身を乗り出して声をかけた。
「あいよっ。じゃあ、出発します~」
 軽トラは「毎度、毎度の『お金の学校』でございま~す」と、再びスピーカーからがなり声を出しながら走りだす。

 着いた先は、資材置き場の片隅だった。端っこには、コーンや黒と黄色のバリケードなどが寄せられている。
「さあ、着きました。広場の真ん中でお待ち下さい」男に言われ、わたしはとぼとぼと歩いていく。
 男は、倉庫のシャッターを開け、中から銀色の大きな円盤を引っぱり出してきた。
「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」かけ声と共に、テンポよく転がしてこちらへやって来る。
 直径が2メートルを超えていそうな、巨大な百円玉だった。
「大きいですね。それで何をするんですか?」わたしが聞くと、男は立っている百円玉に、横から跳び蹴りを食らわす。百円玉はぐらっと傾いたかと思うと、そのままびったんと倒れてしまった。

「じゃあ、授業を始めます」と男。「まずは、この百円玉を引き起こしていただきます。さあ、どうぞっ」
「これをですか?」百円と男を交互に見つめ、わたしは呆然とする。厚みが20センチ近いニッケルの円盤だ。倒れた衝撃で、半分近く地面にめり込んでしまっている。
「起こさないと、お金は使えませんよ」男はじれったそうに促した。
「そんなの無理に決まってます。できるものなら、あなたがまず、お手本を見せて下さい」わたしは困って、言い返す。
「いいですとも」そう言うと、倉庫に向かって大声をあげた。
「おーい、クレーンを持ってきてくれっ!」
 すぐに、クレーン車がやって来る。
「クレーン車を使うんですかっ!」わたしは呆れて言った。
「え、何? あなた、素手で持ち上げる気でいたんですか? そいつは無茶です。なんたって、480キロもあるんですから」
 だったら、初めからそう言って欲しい。

 クレーンで吊り上げ、どうにか元どおり立ち上がらせた百円玉。
「今度は、この百円玉を転がして、広場を1周して来てもらいますよ」
 それはさっきこの男がやって見せたので、正攻法で行けそうだ。
「ただし、重いですからね。うっかり倒して、挟まれたらエライことになります。以前にも生徒が1人――いや、こちらの話で……。じゃあ、始めて下さい」
 うわあ、嫌な予感しかしない。お金って、こんなにも大変なものなのかぁ。
 わたしは百円玉を押し始めた。丸くて転がりやすいとはいえ、止まっている状態から動かすには、相当な力が要る。
 その場でうんうん唸っていると、男が百円玉の背中をどん、と蹴った。
「ほーら、動きだした」
 百円玉は1人でどんどん先へ行ってしまい、わたしは夢中になって後を追う。

 直線で速度が落ちてきたところにようやく追いつき、後から蹴って、転がしていった。
「そうそう、その調子!」遠くから男の声援が聞こえてくる。
 タイトなコーナーで、百円玉がぐらっと傾いた。
「えいっ!」倒れかけた方へ、ジャンプで蹴りを入れる。百円玉の体勢を立て直すことに成功した。
 ところが、力の加減を誤って、そのままコンクリート塀へ突進していく。
「横から蹴って! 百円玉を倒してっ!」コースの反対側から男が必死に叫んだ。
「そんなこと言ったって、止められっこないじゃん」わたしはぶつぶつ言いながら駆けていく。

 百円玉はどんどん速度を上げ、塀を粉々に砕いて通りへごろん、ごろん、と転がっていった。
「あー、行っちゃった。この先は坂道だから、当分は円の下落が止まらないなぁ」
 わたしは溜め息をついた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?