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タマゴ部屋

 通称「タマゴ部屋」に、わたしは勤務している。
 積み上げられた段ボールでギュウギュウな部屋の片隅、独り机に向かって座っていた。傍らにはダスト・シュートがあり、作業の終わった箱をそこへ投げ込むのだ。
「次の箱は何かなぁ」手近な箱を引き寄せて、フタを開ける。ぎっしり詰め込まれたおがくずをほじくり返すと、タマゴが1つ現れた。
「この大きさ、赤みがかった色合い、大理石のような斑。うん、これはヒヨドリだな……」
 わたしはこの部屋で、動物のタマゴの仕分けをしている。タマゴを箱に戻すとフタを閉じ、マジックで「ヒヨドリ」と書いた。それをダスト・シュートへと落とす。

 毎日、世界中から何十箱も届いた。1箱につき、1個だけ。これらは「落とし物」だった。まず「タマゴ部屋」にて種類を特定し、さらに別の部署で「落とし主」を探す。
 「落とし主」は、鳥、爬虫類、昆虫、と実に様々だ。拾得場所も、原っぱの中だったり、道端だったり、広範囲にわたる。
 拾われたタマゴのうち、無事、親元へと戻る率は、およそ3割ほど。見つかったとしても、その親がすでに故人となってしまっていることも多い。ときには、「受け取り拒否」を食らうことさえあった。
「たとえ1個でも、返してあげたい。だって、せっかく授かった命なんだからさぁ」わたしはつぶやく。
 引き取り手のないタマゴは、「保護センター」行きとなった。人工孵化器がずらっと並び、「落とし主」の代わりにタマゴを孵すのだ。その後、独り立ちできるまで世話をし、野性に返したり、人の手にゆだねたりと、進路が決められる。

 ノックの音がして、ドアが開いた。
「どうも。また、たくさん箱が届いてますよ」受け入れ係が、台車いっぱいに積んだ段ボール箱を運び入れる。
「あ、ご苦労様。空いている場所に置いていって下さい」わたしは言った。
「この特大の箱、いったい、誰のタマゴが入ってるんでしょうね」受け入れ係は、よっこらしょ、と1つの箱を持ち上げる。ずいぶんと重そうだった。
「その箱から先に見てみましょうか」わたしはにわかに興味をそそられる。
「それじゃ、そちらの作業台の上まで持って行きますね」箱だらけの狭い間を縫うようにして、抱えてきた。
「さーて、何が入っているのかな」さっそく、蓋を開ける。
 おがくずの中から、やたらと大きな、黒っぽいタマゴが出てきた。

「これはまた、ずいぶんと大きな……」受け入れ係が目を丸くする。
 腰を入れないともてないほど重かった。わたしはそれを、苦心して量りに載せる。
「12.75キログラム。直径、33.5センチ、短径、26.4センチ。これは驚きました。こんなタマゴ、正直言って初めてです。判定には時間がかかりそうです」わたしは率直に答えた。
「色柄から、おおざっぱな見当はつきませんか?」
「そうですね、もっと小さくて緑色ならば、エミューのタマゴに似てるんですけど」わたしは持てる知識をかき集める。「でも、これはラピスラズリのような青色をしていますね。それに、この大きさ。まるで、ボーリングの玉のようじゃありませんか」
「エミューといえば、あのダチョウのような鳥ですよね。あれよりもずっと大きいのであれば、これは鳥類のものではないのですね?」
「まだ、断定はできませんよ。エピオルニス、通称グレート・エレファント・バードという鳥がいましてね。これなど、体長3メートル近くもあり、タマゴだって10キロもあったそうですから」
「じゃあ、これはその?」
「残念ながら、エピオルニスは2千年ほど昔に絶滅したとされています。でも、ひょっとしたら、彼らに匹敵する巨大な鳥が、未だに生息しているのかもしれませんね」

 その日はずっと、ほかのはそっちのけで、謎のタマゴにかかりっきりだった。ありとあらゆる文献を調べ上げ、現在わかっているデータをデータ・センターに送ったりもした。
 けれど、何1つとして手がかりを得ることができない。
「なんなんだろう、このタマゴ。やっぱり、鳥ではなく、爬虫類なのかなぁ。それにしたって、そんな大きな爬虫類って――」わたしは頭を抱え込んだ。
 考えられるのは恐竜なのだが、それこそ非現実的な話である。
「そうだ、拾得場所。それをまだ読んでいなかった」夢中になっていたせいで、最初に目を通しておくべき書類を見ていなかった。「えーと、『2021.0818、静岡県静岡市静岡区、興津川河口、砂州にて発見』か。すると、駿河湾から流れ着いたってことかな」
 太平洋に生息する、海洋生物なのかもしれない。
「なにかいたかな、そんな大きな生き物。魚類のタマゴなんてどれも粒だし、クジラは胎生だしなぁ」

 サメの中には、タマゴを産むものもあるが、最大級のジンベイザメはやはり胎生だ。胎中のタマゴがなんらかの原因でこぼれ出た可能性もないではない。けれど直径はともかく、短径は10センチ前後と、やたら細長いのだ。形からしてまるで違う。
「まさか、マリアナ海溝から運ばれてきたとか」ふと、そんな考えが頭をよぎった。「このところの地殻変動と海流で持ち上げられ、大陸棚を、はるか何百キロも転がってきたのだろうか……」
 昔から、あの海底には海の化け物が棲むという伝説がある。オオウミヘビという怪物など、古くからよく知られていた。
 わたしは首を振って否定する。
「そんなわけない。あれは昔話だし、きっとダイオウイカなどと見間違えたんだろう」

 どうにも手に負えなかった。明日にでも、非破壊検査の部署に回して、最新の機器で調査をしてもらおう。
 そう思い、箱へ戻そうと持ち上げたときだった。
「あっ……」うっかり手を滑らせて、床へ落としてしまう。
 慌てて拾うが、なんと、表面にひびが入ってしまっていた。
「しまった、やっちゃったよ。親御さんになんと言って、お詫びしたらいいか」
 よく見ると、ひびの間から別の白い表皮が現れている。もしやと思い、殻を1枚、1枚、剥がしてみれば、そこに現れたのは見慣れた姿であった。
「なんてこと。これって、ダチョウのタマゴじゃん。アフリカから、波に乗ってやって来たんだ。きっと、海水に含まれるミネラル成分が表面のカルシウムと付着して、コーティングされたに違いない」

 箱に「ダチョウ」と書き殴って、おがくずの中へ戻す。フタをしようとすると、かすかに、カランと音がした。
「あれっ? まだ、中に何か入ってるぞ」
 再び取り出し、机の上で揺らしてみる。内側に、別のタマゴがあるようだ。
 しばらく迷った末、金槌を持ってきて叩いてみた。思った通り、一回り小さなタマゴが、顔を出した。
「暗い緑色のこれはエミューか。でも、まだ先がありそうだ」さらに割ってみると、キーウィー、フクロウ、と入れ子構造が続く。
「いったい、どこまであるんだろう」机の上は、これまでに剥いたタマゴの殻で山になっていた。
 深夜近く、ようやく「最後のタマゴ」へと辿り着く。
「ふう、今度こそ本当に『落とし主』を突き止めた」
 ピンセットを置き、顕微鏡から顔を上げた。
 段ボールにでかでかと書き記す。

 「ダフニア・ルンホルツァ(ミジンコ)」

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