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星拾い

 森の向こうの湖に流れ星が落ちた、そんな噂を聞いた。
「なあ、湖に行ってみようぜ。もしかしたら、星が見つかるかもしれないぞ」桑田孝夫が言い出す。
「だめよ、昼間なんか行ったって」柴崎佳織は笑った。「だって、星は夜にならないと見えないものでしょ?」
「でしたら、日が暮れるのを待って、出かけてみましょう」志茂田ともるが提案した。
「懐中電灯は持ってかなきゃね。それと、虫網とカゴ」中谷美枝子は、それに加えて、あれもこれもと指折り数え出す。
「懐中電灯はいいとして、虫網なんてどうするの?」わたしは聞いた。
「だって、息を吹き返して、ふらふらと飛んで帰ろうとするかもしれないじゃない。それを捕まえるのよ」と中谷。
「美枝子、あんた、流れ星をホタルか何かと勘違いしてない?」芝崎がまた笑いだす。「いい? 星は生き物じゃないの。逃げ回ったりなんてしないから、安心して」

 夜、森の小路を懐中電灯で照らしながらわいわいとやって来る。
「夜中に1人でこの森を歩け、なんていわれたらゾッとしちゃう」中谷は、気味悪そうに辺りを見回した。
「おれだってやだな。例え、1万円もらってもな」桑田が同意する。「ま、10万円なら考えるが」
「桑田君にそんな大金をあげよう、なんて奇特な人はいないでしょうけれどねっ」くすっと芝崎が洩らした。
「1万円くれる、っていうなら、こんな森くらい」わたしは強がってみせる。
「この志茂田ともるがスポンサーになりますから、挑戦してみませんか、むぅにぃ君」そう言って、ポケットから財布を出すそぶりを見せた。
 わたしは慌てて辞退する。
「あ、やっぱり無理、無理。いまのなしにして、お願いだから」

 湖の上には大きな月が浮かんでいた。湖面をきらめかせ、白い浜を明るく照らしている。
「見て見て、湖畔で何かきらきら光ってるっ」中谷が声を上げた。
 浜辺のあちらこちらで、色も明るさも様々な小さな瞬きがあった。
「ふむふむ」しゃがみ込んで砂をすくう志茂田。「やはり、流れ星はこの湖に落ちたのですよ。これらは、星屑が砕け散って、砂のように細かくなったものでしょう」
「持って帰って、砂時計にしようかな」わたしは言った。ベッドの枕もとで、絶えずチロチロと光を放つ砂時計なんて、うっとりするほどきれいに違いない。
「わたしは、家の水槽に敷いてみようかな。飼っているディスカスに、それはよく映えると思うの」芝崎の口もとには、夢見るような微笑みが浮かんでいた。

 入れ物を持ってきていなかったので、みんなしてポケットに詰め込んだ。
「バケツを持ってくればよかったね」中谷が悔しそうに言う。「なんで、誰も考えつかなかったのかな」
「せめて、ビニール袋でもあればよかったんだけどな」桑田のズボンは、前だけでなく、後ろまでもがすでにパンパンだ。
「わたしなんて、スカートできちゃったから、今日は手ですくった分しか持っていけそうにないな」と芝崎。自分の部屋の水槽のことを思うと、残念でならないらしかった。
「星のかけらがあることはわかったのだし、またみんなで来ればいいのですよ」のんびりとした口調で志茂田がまとめる。

 なんの気なしに見あげると、一筋の光が、すーっと夜空を横切っていった。
「あ、流れ星……」
 全員が一斉に空を仰ぐ。
「あー、見そびれたっ」中谷ががっかりした声を出した。
 今度は真上で、ぱあっと明るく輝く。薄氷を踏み抜いた時のような涼しげな音がしたかと思うと、光の粒が雨あられと降り注いできた。
「おおっ、湖にまた流れ星が落ちてきましたね。これはすごい、これは素晴らしいっ!」普段は冷静な志茂田も、宇宙からの思いがけない贈り物にすっかり我を忘れている。
「ああ、わたし、今夜のことは決して忘れない」芝崎は両手をぎゅっと揉み絞って声を震わせた。
「なあ、見てみ、おれ達の姿」桑田は両手を広げながら言う。
 星はわたし達の髪や服に降り積もり、まるで自身こそが光の化身でもあるかのように尊く燃えているのだった。

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