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ソーシャルファームピネル2.0

こんにちは、カラオケで毎回マリーゴールド歌うくせに声が全く出ないムーディです。なんなら音程とリズムも怪しい。


6週連続連載!毎週火曜日更新。「新卒で日本最古の精神障害者福祉工場に入職した男」シリーズ第2弾。2020年6月2日からはじまり、2020年7月7日最終回予定。よろしくですー!!


▼前回の記事はこちら

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「親に依存しないだけの社会的自立ができるお金を稼ぐことができる場をつくろう」


「精神障害があっても地域で一人暮らしできるだけのお金を稼ぐことができる場をつくろう」


そんな願いから始まったソーシャルファームピネル。

職員、仲間共に20年の間、障害あるなし関係なく、みんなの賃金をあげることをめざし、先人たちの頑張りのもとで売り上げを伸ばし続けてきた。

その結果、年間売り上げ1億円を達成。親に依存せずに一人暮らしできるだけの賃金を稼ぐことができるようになった。

しかし、売り上げがあがるにつれて、そこに働く職員とメンバーはゆとりが徐々になくなっていっていた。



1.創設22年目を迎えたときのピネルの環境



私が入職したのはソーシャルファームピネルができてから22年目、2017年のこと。


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当時95kg。うーん、KPP(顔パンパン)。

大学4年の終盤。卒業ギリギリの単位数だったためにギリギリまで単位取得のプレッシャー&卒論のストレスで暴食が進み85kgから見事にリバウンドしていた。


ピネルで働くために実家で飼っている猫に別れを告げて縁もゆかりもない和歌山に移住。

私が入職した当時のピネルはとにかく忙しいという印象だった。


「新入職員だから云々」ということはもちろんない。働き始めて間もない頃からクリーニングの即戦力扱いとして毎日の納期に間に合わせるために奮闘した。

洗濯機をまわしつつ、乾燥機に乾燥するものを投げ込みつつ、布団を納品ギリギリまで畳む。

そして、納品に間に合わせたら次の納品の用意。17時になり、みんなが帰った後も、次の日の朝に納品するものを残って洗う。

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▲外が真っ暗になってからも洗濯。


同期がいたわけでもなく。和歌山に友達がいたわけでもなく。ひたすら洗濯と奮闘する日が続いた。

大学時代の同期はInstagramに「華金イエーイ」とはしゃいでいる写真を見ながら、指をくわえてみていた。大学時代の同期はまだ研修期間で仕事をまともにしていない感じだった。

「いいなぁ、俺も華金やりたい・・・」

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そう思いながら土日は家の近くにあったカラオケに一人で行く日々が続く。

「1時からフリータイム、1人でライブダムスタジアム」と電話で予約を入れて突撃。店員から「いつもありがとうございます」と言われる。

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スマホゲームも廃人化していた。課金有利のゲームにて無課金にて全国トップクラスのスコアを出したり。どんだけやりこんでんねん。

そんなこんなで平日は仕事詰め。土日はカラオケやランニング(たまに出勤)に出かける日々が続いた。


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「猫と戯れたい・・・」

実家から猫の写真が送られてきて猫欲求がこみ上げる。

猫に囲まれたい。そんなことを思っていた8月頃。ふと体重をはかる。

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?!

和歌山に来たときには95kgあった体重が79kgになっていた。

めちゃ減っている!!!

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ヒュー!ライザップやんけ!

それもそのはず。先ほども言った通り、仕事はかなりハードだった。

工場内を走り回り、毎日納品に追われる。がむしゃらに仕事する自分。気づいたら体重は4ヶ月で15kg減っていた。そのぐらいピネルの仕事には余裕がなかった。

当時、ピネルはどういう環境だったかというと、


・ひたすらクリーニングをこなす日々。

・日誌を書いている人が2人だけ。あとは日誌を見ない、書かない。余裕がない。

・職員、仲間共に気軽に有給がとれない。

・じっくりコミュニケーションをとる時間もない、じっくり相談にのる時間もない。

・会議で議題にあがる仲間の支援の課題が一向に解決に向かわない。「声かけしていく」という結論に陥っても具体的に声かけをしている人がいない。支援について議論する余裕もない。

・作業所団体の定例会にピネルの人は参加していない。外部から情報が入ってこない。

・立ち止まり揺らぐ余裕が仲間、職員共にない。


・職員が夏まつり等の実行委員会に参加する余裕がない。参加できていない。

などなど、支援色がだいぶ薄くなっていた。まさにピネルは良くも悪くも仕事一色というのが入職したときの僕の印象だった。

その中でも自己肯定できない人たちが何人か働いていた。他の作業所よりか賃金を稼ぐピネル。それでも自分を認めることができない人たち。

人生の豊かさとは?
就労継続支援A型、B型とは??
福祉的就労とは???
「働く場」の職員は何をすべきなの?

当時そんなことを悶々と考えていたことを思い出す。


2.ソーシャルファームピネル2.0の転換へ

「職員もそこで働く人もゆとりがない。賃金とゆとりを両立できないか?!」

「1人1人が立ち止まれる時間と支援を」



ピネルの中でゆとりがないことで支援の質が低くなっていることが議題にあがっていた。福祉的就労とは何か。働くみんなが何を望むか。

みんなの願いを丁寧にくみ取りつつ、ピネルは売り上げ(賃金)はキープしつつゆとりを作り出す方向性に向かった。

「いかに社会的自立ができるだけの売り上げシステムを作るか」

全国の作業所がどこもそれを模索している中、ピネルは先に社会的自立ができるだけの売り上げシステムを作り出し、次の段階に入った。

「社会的自立ができるだけの売り上げを確保しながら、いかにゆとりを作り出すか」


ピネルは次のフェーズに入っていった。最近流行の感じでいうならば、ピネルは「ソーシャルファームピネル2.0」に突入した。

(最近こんな題名の本めちゃ売っているよね)






3.ピネルは売り上げとゆとりの両立のためにしていったこととは?

ピネルがゆとりを作り出すためにまず意識したこと。


それは仕事量の抑制と売り上げのバランス調整。


新しい仕事を極力入れず、全体の仕事量は減らす。でも、売り上げは落とさない。売り上げを落とさないようにしてみんなの賃金はもちろん下げることなく、仕事を組み替えていく。


なんか矛盾しているようかもしれないけど、シーツや病衣、タオルはそれぞれ単価が違ったり、手間が違ったりするので、

手間はかからないけど高単価、手間がかかるけど低単価。

もちろんそんなに単純な話ではないが、いろいろクリーニングするものを組み替えて売り上げを落とさずにゆとりを作り替えることをしていくことになる。


ここで1つ疑問を抱いてほしい。

では仕事量が少なくなれば、ゆとりができて働きやすくなるだろうか?

そもそもゆとりとはなんだろう?


精神障害者の中には不定期に調子を崩し、『働く』において時間のハンディ(障害)を持っている人もいる。

精神障害がありながらも2~3年普通に働けていた人が突然調子を崩して前みたいに働けなくなってしまう人もいるし、

午前中は普通に仕事が出来ていた人が午後調子を崩して仕事をすることが困難になってしまう人もいる。予測できる場合もあれば、原因が分からずに予測できないものもある。

不定期に調子を崩す。そして毎日納品があるピネル。

仕事量だけの調整ならば、不定期に調子を崩す人がいたときには対応ができない。2人~3人一気に休んだときにすぐにゆとりがなくなってしまう。



次回はピネルがゆとりを生み出すために「仕事量の調整」以外に取り組んだことに焦点をあて、

「障害あるなし関係なくしんどいときに休める環境作りとはどんなことか」

そんなことを考えるきっかけを作りたい。

それではグッバイオンザビーチ!

#作業所 #福祉 #ソーシャルファーム #障害者 #働き方






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