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『色彩休暇』 最終話 モノクロの輪郭

切間ひとつない曇天の県道。
新菜の母が運転するセリカの助手席で絵を描いている新菜。
新菜が母の顔を覗くと同時に色彩休暇が起こり、
その瞬間運転席側に車が追突。
エアバッグが作動し、新菜の絵が外に放り出される。
新菜の視界が暗闇に包まれる。

辺り一面モノクロの世界、一本の道路の上で寝そべる新菜の母。
その背後では、大きな炎を上げて軽トラックが炎上している。
逆さに転がったセリカの助手席に、
シートベルトひとつで宙吊りにされている新菜を発見する立花。
立花は新菜を固定していたシートベルトを外したのち、車から運び出し、
彼女をはたき起こす。
「立花、なんでここにおるん」
「いいから立って」

どこからともなく漆黒のバブルが発生し、ふたりの周りを飲み込んでいく。
新菜は母の元へ駆け寄るが、間に合わず、バブルに包まれて消える。

一際大きなバブルが空から降下し、弾けてシュルと化した森本が現れる。
「待っていたよ、立花。やっと僕のものになってくれる気になったんだね」
立花はシュルから目線を離さず、落ちていた新菜の絵を拾う。
親指と人差し指でつくった輪の中に、シュルの弱点を捉える立花。
「新菜、あいつのマスク狙って」
立花は上着のポケットから一枚の絵を出し、それに触れる。
ペンキの気泡が弾けるとともに生まれるモップ。
新菜はシュルのマスクめがけてモップをさばき、
既に入っていたマスクのヒビを拡大する。
しかしシュルに掴まれた新菜は、ピクセル状のブロックで拘束される。
ブロックは、接触部分から徐々に新菜の色を奪う。
「先生、私ね、ちょっとだけ期待してたんです。これも何かの運命なんじゃないかって。だって、上司の強姦を訴えたから異動だなんて、そんな不条理存在していいはずがないですから」
シュルにゆっくりと歩みを進める立花。
「相手が何を考えているのかが分かれば、勘違いなんて言い逃れは生まれない。私だって、指との違いを説明させられることもなかったですよ」
テクノウーパーがシュルと癒着し、彼の首から6本のエラが生える。
「いつどこで生まれたとか、何を持って生まれたとか、本当は関係ないんじゃないですか。他者への執着から生まれる”知りたい”と思う気持ちが、人をここへ導くんです」
髪を束ねていたヘアゴムを取る立花。
シュルは6本のエラを伸ばし、立花を拘束する。
立花に色収差が発生し、分裂を引き起こす。
シュルはそのひとつに、森本の娘の幻影を見る。
怯えた娘の瞳に映る自身の姿を見て、巨大なウーパールーパーに変容しながら立花から色を奪っていくシュル。
「それは全て妄想だよ。君のその想像力は、いつかきっと命取りになる」
シュルは立花の手をクロスして後ろを向かせ、後ろから抱き着く。
膨張を続けるシュルの体、その巨体に覆われていく立花。
じわじわと立花の視界から、光がフェードアウトしていく。
閉じ込められた音も反響しない空間。
立花は握りしめていた一枚の紙からレンチを生み出す。
片手に握ったレンチを上部に突き刺し、捻り込む。
カチン。
立花を包んでいたシュルは一瞬にしてペンキのように液状化し、爆発。
レンチを掲げたまま思わず立ちすくむ立花。
新菜の拘束が解ける。
立花に駆け寄り、抱き着く新菜。
立花、新菜にレンチを渡す。

18:58。
スッキリとした立花のデスク、キーボードやマウスなど、
備品は既に経営室に返却し終え、私物もまとめてある。
「立花さん、今までお疲れ様でした!あれ、髪型変えました?これからちょっとふたりで送別会しません?」
「すみません!興味がない人と仲良くなるつもりがないので」
帰宅する立花、PCに向かい、ペンタブを操作する。
立方体のクリアケースに入れられた一枚の絵。そこに飛び散ったペンキが、じわじわとその絵に染み込み出す。


#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門

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