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マクロ旅行記 ~尻屋崎灯台~

 未だに日記の一人称で悩む僕は、夏休みに旅行で京都に行こうと画策していた。
 職場の同僚や年に一回関東の方からやってくる気難しい人生の先輩達を相手に嫌な弄りや体力労働に汗を流し、人の顔色を伺っている自分を労ろうと思い、人生の一大計画を画策したのだ。
 京都で行きたい寺社仏閣、飯、その他聖地巡礼観光地。Googleドキュメントに纏め、それに合わせたホテルも探し予約も済ませた。準備万端だと日に日に近づいていく京都にテンションが上がらないわけがない。
 だが出発日の一週間前に台風が発生、滞在期間の京都を直撃。交通の便も止まってしまう予報が出てしまった。突発で襲った天災で文字通り旅行の計画は水に流されてしまった。
 あった筈の旅行、見ていたはずの都の姿を一瞬で失った僕は夏休みの間無気力症候群になっていた。家のベッドで横になっているだけ、ネットサーフィンしてもすぐに飽きて惰眠を貪り、早く寝て早く起きるが何も行動しない。健康を惰性で貪る男になっていた。
 何もせず夏休みが終わり、通常営業に戻ったが失ったものは大きく意外と引きずってしまった。それから失ったものを少しでも取り戻そうと、青森から秋田、盛岡の一泊二日、東北トライアングルドライブに出てみたり、普段は行かない図書館や祭の縁日などに顔を出してみた。

 今回はその遺失物回収の一つ、尻屋崎灯台編の話をする。
 尻屋崎灯台の詳細については割愛しますが、一日あれば往復で我が家に帰れる位の距離にある灯台と言う事だけは書きます。あとは日本の中で何基しかない、人が上れる灯台ということ。
 休日の朝9時頃起床し、外を見ると晴れていた。数日前から雨模様で前日の夜も雨が降っていた気がする。だが綺麗な快晴だった。
 その時は尻屋崎灯台に行くなんて微塵も考えていなかった。以前に会社に来ていた作業員の方から灯台の話をよく聞いていた。
「風は気持ちよかったがあんまし晴れてなくて景色はそこまでだったね」
「寒立馬が全然見れなかった」
「町から遠い」
 おおよそ良性の意見が殆どなかったが、僕は以前から灯台というものが好きだった。これは本当に昔から好きだった。単純に行く機会がなかっただけ。尻屋崎灯台というのも正直知らなかった。
 その話題をぱっと思い出した僕は『鉄は熱いうちに打て』と行ってみることにした。
 おおよそ車で二時間ちょっと走らせる事になるが、天気もよく観光地と言っても言ってしまえば僻地に建てられているので、道も混んでいるようなこともなくスムーズに向かうことが出来た。
 道中『砂糖と若林の3600』を聞いたり、フジファブリックやきのこ帝国を大音量で垂れ流しながら重い頭をなんとかハッキリさせていった。身体が動いても頭が未だ追い付かない。
 昼前に現着。灯台へ続く道の手前に車両用のゲートが設置されていた。通行の時間指定があったため、夜中に勝手に入らないようにされているのだろう。実際に光っている灯台は見てみたいが残念。
 ゲートを通ってしばらく走らせると視界が開け、左手には海、右手には広い寒立馬の放牧用の草原。正面に小さな灯台が見え、それがどんどん大きくなっていく。真っ白な壁面が青空に映えてより綺麗に見えた。時代の言葉で書くなら”エモい”だ。
 入場料を払い、灯台の中はシンプルな螺旋階段になっていた。128段の階段を昇り切ると展望デッキになる。一人分の幅しかないスペースにカップルや夫婦、バイカーのおじさん達が複数人と意外と混み合っていた。
 移動するたびに道の譲り合いが起きる。
 老夫婦の旦那さんが撮影に夢中で自分に気づかなかった時、奥さんが気づいてくれて旦那さんを道の端に寄せた。お礼を言いながら通り抜ける僕の背後で笑い合う夫婦の声が聞こえた。
 潮風が程よく吹いており気持ちがいい。景色も良くて開放感もある。なのに虚しくなって階段を駆け下りた。

 それから灯台の前の売店で昼食を取った。簡単なラーメンとチャーシュー丼を注文し席につく。待っている間、小さな男の子を連れた若い夫婦が訪れ売店のグッズを眺めていた。しばらくして男の子が寒立馬のぬいぐるみや絵をみて怖いと言い出した。幼い子から見ると異物に感じられたのだろうか。
 夫婦が「怖くない」宥めながら会計を済ませている間、視線を感じる。男の子がじっと見つめているのだ。若干涙目になっている男の子、目を離している夫婦。
 僕は夫婦に見えないように男の子に笑顔を向けた。
 男の子はそれを見て泣き出した。
 真に泣きたいのは僕になった。

 届いたラーメンが塩ラーメンに変わった。塩チャーシュー丼にもなった。
 帰りの車内で記憶をかき消すかのような大声で「若者のすべて」を歌った。

 最後の花火に今年もなったな
 何年経っても思い出してしまうな

 この思い出の是非は今はまだ分からない。
 でもすぐに思い出せる記憶にはなった。


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