もう煙草は吸わない

「ああ、今煙草止めたら僕は一生吸わないだろうな」

22歳。初めて働いた会社の最初の数か月間で精神的にボロボロになっていた。ストレスに押しつぶされそうな様子を見かねた先輩の呪文「煙草吸ってみろ。ちょっとはマシになるぞ」これが喫煙の始まりとなる。早速キャメルを買って吸ってみた。不味かった。茶色の液体が流れ込んでくるようだった。それでも最初の日から真面目に1箱吸った。やがていつの間にか美味しいと思うようになり、一服を楽しみにするようになった。ピースでもガラムでもなんでも、煙草と名がつけばなんでも吸ってみた。中でも煙草初体験相手のキャメルはお気に入りで、手に入る間ずっと吸い続けていた。

煙草を吸い始めたその日以来、1日1箱をきることは(数年毎の禁煙期間を除いて)なかった。多いときは毎日毎日5箱から10箱も吸っていたものだ。ヘビースモーカーだって?いやいや、立派なチェーンスモーカーだろう。

あれから27年。僕は49歳になっていた。結婚しバツイチになり再婚し、何度も転職をした。変わらなかったのは煙草を吸う事だけだった。

そしてあの日、2018年1月29日夕刻17時35分を迎えたのだ。

いつものように僕はガソリンスタンドで休憩、運転の直前まで煙草を吸っていた。それも立て続けに5-6本、チェーンスモーカー特有の途切れない吸い方だ。とりあえずニコチンの量に満足するとガソリンスタンドを出ていつもの道を走る。比較的新しいバイパス道路はそこで陸橋になり、橋を上がりきったところでまっすぐの本道と左へとくだる狭い道に分かれる。僕の帰り道はその左に降りる方だ。毎日ここを通って帰るのだが、その日左の道に入ったとき突然、何かがとりついたように背中が少しぞくっとした。

「ああ、今煙草止めたら僕は一生吸わないだろうな。いや違うな。これからもう一生、煙草は吸わなくなるんだな」

いったいあれはなんだったのか、今でもわからない。確かに僕だって何度か止めようとはしてきた。しかしスモーカーにはわかってもらえるだろうが、禁煙は出来ても煙草は止められないのだ。「嫁さんとは別れられても煙草とは別れられないよ」バツイチの僕はよくそんな風に言っていたものである。

しかしその日はそのときだけは違っていた。煙草を止めることは確固とした未来、というか運命的な既に決まっていたことであり、その日そのときに僕の人生において煙草は役割を終えたのだと知ったのだ。本当に何かにとりつかれたように、その左に降りる坂道で、僕の人生は一変してしまったのだった。

以来約2年煙草を吸っていない。これからも吸うことはないと知っている。まったく禁断症状もないし、たまに煙草吸えたらなぁと思うことはあっても危険な喫煙衝動はない。ただただ吸わなくなっただけだった。

今でも毎日同じ道を通る。そして時折煙草を吸わなくなったことを思い出す。チェーンスモーカーだった僕とノンスモーカーの僕が入れ替わったあの道を今日も通って帰るのだ。

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