見出し画像

シャワー

「なんだか疲れちゃったな」ぽつりと妻が言う。
「もし軽くて済むんなら、もう感染したほうがいい」

あの気丈な女がそんな弱気なことを言うのだ。どうやら今でも緊張感を意識的に持続させたまま毎日を過ごしているらしい。

買い物など限られた外出しかできず、一日中家にいる。いや、家にいなければいけないという、いわば籠城、徹底的な守備側、それは辛かろう。

その点娘は案外平気なようだが、あえて言えば少し躁状態かもしれない。それに少し太り始めた。

私はと言えば毎朝出勤時「今日、ついに感染してしまうのかもしれない」という緊張感があり、そして帰宅時には「自分が感染源になって家族にうつしてしまうのではないか」といったストレスを感じてはいるが、実は外出できる分だけ気楽なのだろう。

感染を意識していない訳ではないもののズボラな私は、対策はある程度日常化してしまい緊張感に欠けてしまっていた。スーパーなどを除く店が休業し始めてからたった数週間、まだまだ無意識にきちんと防護出来る域には達していないだろう。そんな気のゆるみは、簡単に自分自身を感染源にしてしまう。

今必要なのは、感染しないことより、感染源にならないことであった。

今の私にできることは、手を洗い、マスクをして、ソーシャルディスタンスを保つこと。家に帰ったらすぐ風呂へ入ること。服は籠ではなく洗濯機に入れること。布マスクは消毒液に漬け、家にウイルスを持ち込まないことだ。

「しまっていこうぜ!」小声で自分に言い聞かせながら、熱いシャワーを浴びた。疲れと共にウイルスも流れていくようで気持ち良かった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?