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先生と豚15

 で、条件ってなんだい、と柿崎がやんわりと促す。紅林はふぅとひとつ息を吐いた。
「その、俺の残りの取り分、それを卒業までにきっちり渡してほしいんだ。卒業したらあんたと連絡がとりづらくなる」
「卒業かぁ……。ん、まあ構わないよ。それだけでいいの?」
 こんなに気前のいい柿崎は初めてだな、と紅林は寸の間たじろぐ。この際だ、少し無理を言ってみよう。
「……あと、俺がこの先、金に関して困ったら助力してもらう、とか。それぐらいしてくれよ」
「それは、僕が出した一割の条件に反するよ」
「あの金から出せとは言ってねーよ。助力してもらうのと取り分は違うだろ」
 柿崎はううんと唸り、眉を寄せた。
「仕方ないな、可愛い教え子のためだ。その条件を呑もう」
「……心にもないこと言いやがって」
「じゃあ言い方、変えようか? 信頼すべき共犯者のためにその条件を受け入れるよ」
 嘘くせぇな、と紅林は苦笑する。
 柿崎が宣誓書を書き終えるまで紅林は座って待つことにした。思えばこの部屋の入り口で突っ立ったままだった。
 かりかり、とペン先が紙をかく音が響く。
 ふと紅林は『乱歩全集』に手を伸ばした。一冊ずつ箱に収まっていていかにも高価そうだ。山積みの下辺をみるとどうやら二十五巻以上あるらしいことが分かる。
「先生、これ自腹?」
「乱歩? そうだよ、全集って結構高くて君じゃ手が出せなさそうだったからね」
「……だからって」
 普通はいち生徒のためだけには買わないだろう。紅林はどう対応していいのか分からなかった。素直に有難うと言うのは今更な気もするし、だからといって受け取らないわけにもいかない気がした。
どうにもできず気まずい空気を独りで味わう。仕方なく、一番上にあった一巻を手にして気を紛らわせることにした。
 箱のカバーから取り出そうとして、しくじった。
 紅林は思わず柿崎の背中を見る。かりかりと一定のリズムで腕が動いていた。今の失態を見られていなかったと分かるとほっとして、今度は慎重に力をこめる。どうやらカバーとぴったり嵌っているようでなかなか取り出せない。
やっと本体を手にして、その姿に疑問を感じた。
「これは……」
 確かに『乱歩全集第一巻』ではあったが、何かが挟まっているらしく膨れていた。
紅林は慌てて本を開く。そして数ページ捲ってみた。
「とりあえず、何冊か持って帰るといいよ」
 いつの間にか柿崎が近くにいた。
「結構苦労したんだよ、それ」
 はい、と手渡された宣誓書を受け取り、しかし紅林は憮然とした。
柿崎は笑う。
「何、その顔」
「全部合わせても足りねーだろ、これ」
「だから、とりあえず、ね」
 本には紛う事なき一万円札が数ページごとに一枚ずつ、丁寧に挟まっていた。なんだかしてやられた感が否めない紅林は苦虫を噛み潰したような酷く苦い顔をする。
「なんか腹立つ」
「それは何より」
 柿崎は満面の笑みを浮かべた。
 紅林は舌打ちする。
「……だから嫌なんだよ、先生と関わるのは」
 負け惜しみのように言い返したが、それでも柿崎を嫌いになれない自分を、紅林は呪った。


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