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2023.1 良かった新譜

Angel Electronics / Ὁπλίτης / Mega Shinnosuke / Palette Knife / Parannoul / Rat Jesu / SARI / Tears Seven Times / 未来電波基地


Angel Electronics - ULTRA PARADISE
(Album, 2023.1.23)

 LAの自称「ブルータル・ユーフォリア・ウェーブ」なユニットによる1st。メンバーはAda RookとAsh Nerveの2人。
 Ada RookはBlack Dressesでもソロでもメタルっぽいテクスチャーを取り入れてはいたけど、今回はさらに踏み込んでガッツリ生っぽいバンドサウンドに挑戦。でも何かが変だ。ハッピーなブラック・メタル、バブルガムポップなポスト・ハードコア...スプラッターなサンリオピューロランドが脳裏に浮かぶような、不気味Kawaii世界観。Paleduskのアナーキーなメタルコアや、マキシマム ザ ホルモンの逸脱性にインスパイアされたという彼らの言葉を聴くと、その散らかり具合にも合点が行く。そして面白いのが、Ash Nerveが何よりも影響を受けたのがBiSだということだろう。本作では、「HiDE iN SEW」を大胆にもカバーしている(松隈ケンタのお家芸的なスネアロールをブラストビートに変換してるのは笑える)が、続く#7「EVIL BEHIND YOU」も非常にアイドル的というか、WACK周辺のグループが歌っていても全く違和感ない曲のように感じる。突飛なアイデアでゲテモノ目当てのリスナーを騙し囲い込みつつ、キャッチーなメロディーセンスをキラリと光らせる。既に構想中だという次回作にも期待を寄せて良さそうだ。


Ὁπλίτης - Ψευδομένη
(Album, 2023.1.1)

 中国出身のギリシャ語ワンマン・ブラックによる2nd。な〜んにも読めないけど、バンド名はHoplites=重装歩兵を意味するらしい。
 今までnoteでも何度か言及している、僕のオールタイムベストの一つ、Serpent Column「Endless Detainment」を初めて聴いた時、僕はその得体の知れなさ、深い夜の中に放り込まれたような寄る辺の無さに強く惹かれた。さらに、闇から突如伸びたカサついた腕が、僕をどこかに連れ去る感覚に、恐怖を感じつつ蠱惑された。
 さて、本作に対しては、多くのリスナーがSerpent Columnとの類似性を指摘している。そのサウンドを無理矢理に既存ジャンルで説明するならば、ディソナント・アヴァンギャルド・ブラッケンド・マスコアと言ったところだろうか。確かに彼らの音楽性は、Serpent Columnや、さらにその影響元に当たるDeathspell Omegaに近い。しかしὉπλίτηςはより硬質で、ハードコアで、肉体的。タイトなビートと鋭いリフで迫る。
 その違いは、挑発的にリスナーを見つめるアートワークにも表れているようだ。じっと見つめてるとなんだか謝りたくなるような怖い絵だけど、人の怒りや混沌、死と対峙するのはそりゃ怖いことに決まってる。Ὁπλίτηςは我々をどこかには連れ去らず、ただそこに立ちはだかる。


Mega Shinnosuke - 2100年
(Album, 2023.1.1)

 アートワークや映像制作を含むセルフプロデュースを行う東京のソロアーティストによる2nd。
 「2100年」というタイトルが良い。アルバム前半の楽曲は、エレクトリックでドリーミーな音世界。スーパーカーとセカオワが時を超えて邂逅したような、眩しく煌めくギターポップ・ロック。そこからフォーキーな小品#6「I Love You More.」を経由し、RadioheadとOasisを日本語ロックのパレット上で融合させる90年代UK讃歌な#7「Lovely Baby ✩.*˚」へ、そして#8「永遠の少年」で、andymori以降の装飾を排した丸裸のインディーロックに着地する。
 正直に告白すると、自分はいわゆる今日の"邦ロック"的な...My Hair is Bad的な(?)、音も言葉もひねくれてない音楽には青臭さを感じてしまうのであまり得意ではない。「僕らの青春は終わらない」と歌うこの曲にも、痒みを感じてしまう。しかし、このアルバムの最後に、Mega Shinnosukeの現在地としてこのストレートなメッセージとサウンドが配置されることには意味があると思う。
 四半世紀の日本におけるロック受容を彼なりの視点から総覧した内容のアルバムに、「2100年」という題が付けられる。そうして綴じられた本作が、点で存在していた過去と現在と未来を一直線に繋ぐ。2100年に鳴らされるロックには、Mega Shinnosukeの、いや、これまでのあらゆるアーティストの声も含まれているだろう、と思う。そしてそれは、大きな希望だと思う。


Palette Knife - New Game+
(Album, 2023.1.20)

 オハイオ州コロンバスの3人組による2nd。マスかつトゥインクルなリフでAlgernon CadwalladerやTiny Moving Partsの流れを汲みつつ、ハードコアな熱量とナードな感性でOrigami AngelやDoglegと共振する5th Wave Emo。
 演奏はテクニカルだし、チップチューンやシンセが要所でアクセントになってはいるが、音楽性自体にそこまで目新しさはない。それでもこのアルバムが凄いなと思うのは、きっちり一曲一曲にハイライトとなるような山場を作る生真面目さと集中力の高さ。インタールードを除く多くの曲で、思わず拳を掲げたり天を仰いだり体を揺らしたり声を漏らしたりしたくなる瞬間が用意されていて、最後までリスナーを飽きさせない。アルバムの時代が終わったと言われて久しいが、このフックの効き方は、どのアーティストも単曲で勝負を賭けないといけない環境だからこそ磨かれる鋭さなのだろうか(あるいはTikTok以降のザッピング感覚?)。
 言語化するのが難しいけど、日本人ウケするエモの要素が揃ってるし、#9「Damn Son, Dim Sum」の直線的な疾走感にJ-ROCKっぽさを感じたりするし、何かきっかけがあれば日本でハネる可能性もあると思う。


Parannoul - After the Magic
(Album, 2023.1.28)

 韓国・ソウルの宅録バンドによる3rd。2nd「To See the Next Part of the Dream」をきっかけにカルト的な人気を獲得し、大きな期待の中リリースされた作品である。
 前作は個人的にもオールタイムベストな一枚です。で、だからこそ、天邪鬼な性格な僕はあまり本作に期待していなかった。ネット上での絶賛に対しても、「流石に前作を超えることはないだろ〜」と斜めに構えていた。それは半分正しく、半分誤っていたと思う。どちらが優れているかという議論は表面的だ。その2枚のアルバムを、1人の音楽家が作り上げたことにこそ意味がある。激情が諦念に変わる虚しさ、誇大した劣等感に火を点ける燃料すら尽きる無力感を描いた前作から、それでも続いていく人生と、どう手を取り合うのかを描く本作。夜にだけ輝く月、風が運ぶ綿毛、厳しい冬の景色、長いトンネル、心の中に住む妖精...繰り返し用いられるモチーフが、現実の重みを、現実を侵食するノスタルジーの残酷さをこれでもかというほどに浮かび上がらせる。アニメやゲームの世界に、もう我々は居ない。魔法のような音楽と、魔法が解けた後のための音楽。
 エレクトロニックなサウンドやストリングスの導入で音像はダイナミックになりつつも、全編打ち込みという制作手法は(おそらく)変わっておらず、アルバム全体を通して不思議な立体感の欠如が感じられる。まだ部屋の中にいる彼は、これからどこへ向かうのだろう? どんな景色を観るのだろう? 急かしはしないが、これからの作品は素直に楽しみにしようと思う。
 ちなみに、歌詞は韓国語だけど、Bandcampから英訳が読めるので、みなさんもチェックしましょう。


Rat Jesu - Prepared To Die
(Album, 2023.1.6)

 Drixxo Lordsのメンバーとしても活動するソロアーティストによる3rd(ミックステープを含めると4th?)。
 Godsmack〜Deftonesライクな直球オルタナメタル・#1「Rat Judah」を開会宣言として繰り広げられる、HexD文脈からニューメタル/ポップパンク/ブラックメタル/サイバー・グラインド/ゴシック・メタルコアの再解釈を試みる7曲(+インタールード1曲)15分。前作までの持ち味だったポップネスは保ちつつ、まるで惑星間を飛び移るかのように、異ジャンルを旅する。
 夢で見た荒唐無稽な景色が、目覚めてからは上手く描けない。逆に言うと、覚醒していたら辿り着けない世界も、不明瞭だからこそ形にできる。Rat JesuがHi-Fiなエレクトロミュージシャンだったら、この作品は生まれなかったのではないだろうか。
 メロディが砕かれ輪郭を失うHexDの磁場だからこそ混ざり合うことができる、本来は他次元にある音。3次元にしか存在できない我々は混乱させられるが、だからこそもっと理解したくなる、繰り返し聴きたくなる。


SARI - 大団円
(Album, 2023.1.15)

 東京を拠点に活動するソロシンガー/アーティストによる1st。NECRONOMIDOLのメンバーとして活動していた経歴を持つ。
 作曲はTakahiro Miyoshi (QUINE GHOST)、T5UMUT5UMU、栄免建設、soejima takuma、Kei Toriki(明日の叙景)が担当、作詞は全曲SARI本人が手掛ける。オルタナR&B/マスポップ/UKドリル&プログレッシブトランス/フューチャーベース/ブレイクコアetc...+歌謡メロディという楽曲達は、それぞれ作家の個性が存分に発揮されている。そして同時に、アルバム全体で提示したい世界観がハッキリと存在していて、どの曲もそれを全く損なわないのが凄い。SARI本人の歌唱は、感情を抑えつつも様々な声色やフロウを使い分け、自在に表情を変える。
 アイドル時代には、"世界で一人の白塗りアイドル"として知られていた彼女(*)。ブラックメタル・サウンドを武器としていたNECRONOMIDOLではコープス・ペイントと紐付けられたであろうそのビジュアルが、本作のジャケット写真で舞妓のおしろいに形を変えたのは、彼女が一人の表現者として確固たる信念とビジョンを持ったことを端的に示している。
 Maison book girlに近似する音使いも印象的なので、ファンだった人に是非聴いてみてもらいたいです。
 (*ちなみに、白塗り自体はアイドル活動を始める以前からファッションとしてやっていたらしい)


Tears Seven Times - As Porphyria Once Went
(Album, 2023.1.7)

 アトランタのミュージシャンSid K.によるプロジェクトのデビュー作。
 SkycamefallingやDead Blue Sky、さらには初期Underoathなど、00年前後のメタルコアを現代に蘇らせるリバイバルサウンド。...っていう触れ込みは、もはや昨今のシーンでは珍しくないと思いますが(一例として、昨年のMemento.「A Chorus of Distress」は傑作でした)。しかし彼は、ノスタルジックな文脈に依拠しない、本作だけで完結する世界を作り上げようとしているようでもある。
 2曲目にインタールードを挟み、後半に8分半、6分半、8分と長尺曲を詰め込む歪な構成や、単なる焼き増しで終わらないフレッシュなリフのアイデアには、そんな意気込みが漲っている。そして、このEPに、後ろ向きな懐古に終わる凡作と差を付けるポイントがあるとするならば、それはギターサウンドへのこだわりだろう。ここぞという場面で重ねられるトレブリーなクリーンギターやフラメンコギター?ガットギター?の音色は、単調になりがちな低音リフの反復に奥深さを齎している(#3「Sombering My Last Chapter」0:50〜、#6「Gallow-Breached... End of Illusions」0:21〜などの、ブラストビートで疾走するパートで2まわし目からギターの本数が増えるのはその好例)。そうしたサウンドメイクと大仰な鍵盤が絡み合うゴシックな世界観は、日本のヴィジュアル系リスナーに刺さるポテンシャルもありそう。
 冒頭に書いた「現代に蘇らせる」という表現は不正確で、Tears Seven Timesはここからまた何かを始めようとしているのかもしれない。


未来電波基地 - 墨田区DEPRESSION
(Album, 2023.1.4)

 鬱木ゆうとによる、「インターネットグランジバンド」を掲げるソロプロジェクトの7th(?)。ART-SCHOOL + 神聖かまってちゃん + 初期アジカンを、缶チューハイで酩酊させたようなLo-Fiサウンドという魅力は健在。その上で、前作「Persona」にあった「何かを表現したい」「何者かになりたい」のような刹那的な衝動感は薄れ、何者でもない自分とその暮らしを歌おうという親密さがある。そして、それに合わせて作編曲にも、歌唱やサウンドにも幅が生まれていて、全17曲というボリュームは不思議と長く感じない。にしても、全曲メロディーが良い。
 2021年7月にライブで、最後の曲で余韻も感傷もなくピタッと音を止めて、「はい、終わり」と吐き捨ててステージを降りる姿を観た時、なんて未来電波基地らしいんだ!と妙に感動したことを覚えている。当初のUSBメモリのみという人を食ったような販売形態(*)もだけど、彼の、表現したい何かと表現自体への欲望の均衡が取れたり取れなかったりしている姿(失礼に聞こえたら申し訳ないのですが、音楽に対する素直で誠実な姿勢でもあると思います)には共感を覚えるところがあって、だからこそ、そこから一歩進もうとしているこのアルバムは胸に響きました。
  (*今はBandcampでも買えるようになりました)

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