やっぱり現実より夢の私のほうが嘘がない

仲間だと思っていた男は、最後の最後で私の前に立ち塞がった。青い作務衣を着た姿は坊主か武術家の類、腰に大小の棒、多分刀を二本挿している。かたやこっちは竹光というのか鍔のついた真緑の竹の模造刀一本で、プラスチックみたいな色だし本当は竹、竹かどうかももはや怪しい、のこれは鞘で中に真剣が収まっていればいいのに、と私は思ったが男はお構いなしに間合いを詰めて、臆せず私の刀を掴んで引き寄せた。そりゃそうだ、どう見たって模造刀だもの。それでも私は取られないように左手で刀を必死に握り、右手で相手の胸を押して引き離そうと抗う。男はたぶん遊んでいる。ほとんど笑うようにして、私がどのように出てもその土俵で返すつもりでいるのがわかった、目の端に男の腰のところの白と金があるのに気づいた、気づいたが気づいたことに気取られないように私は私で必死な演技をした。もみ合いのなかで竹光の柄が男の顎を軽くこづいた瞬間を見逃さず、私は右手で男の脇差を抜き、そのまま男の腹に突き刺した。
感触は何もなかった、血が噴き出したりもしなかった、ただ男は白い壁に寄り掛かるようにして腰からずり落ちていき、そのまま力なく横に倒れた。

若い男が舞台外から出てきて、
「お疲れ様でした」
「どう、これで良かったのかな?」
「いや、大丈夫じゃないすかね」
いつの間にかゲームになっていたので、何しろ最後のボスを倒す前にはホログラフィでスーパーマリオの激ムズ面をクリアしていたので、良かったも何も映画じゃないんだから聞く必要もないのに、どうしてそんなことを私は聞いたんだろうか。
「ごめん、これ、刀折れちゃった」
「あー、すいません。これは修理代いただかないといけないです、申し訳ないんですけど」
プラスチックみたいな緑の竹が割れた隙間から覗く銀色は細いペラペラのアルミかなんかが並んでるだけの代物だった、でも壊したのは私だ、
「それはもちろん」
全身黒ずくめで一目でスタッフだとわかる出立ちの坊主の男がすでに片付けに取り掛かっていた。若い男もそれを手伝いながら、途中手を止めて
「あ、そうだ」
「お金といえば」
「これも、あのーお願いしないとなんですが。電気代を支払ってもらってなくて。
そちらもお願いできますか?」
私たちは同じアートハウスを間借りしている身で、私は水木曜の喫茶だけだが若い男はそこで民泊やら今みたいなアトラクションやら、ほとんど毎日そこを管理していると言ってよい。だから、彼に施設使用料としてお金を払っている。
「マジで?それは、ごめん!
それで幾ら?」
「60万円っすね」
「  」
「  」
「マジで!?え、
「はい。
三ヶ月分の滞納もあるんで、申し訳ないんすけども」
さすがに高すぎる。私はすぐに、来週か再来週に振り込まれる10万円と振り込まれたそれを何に当てて何をしようか考えていたことごとを思い出していた。それもすべてパーだ。週に2日しか使ってないのに、月20万の電気代!?1日に2万5千円もかかるって、いやまじか日本。と考えてすぐに日本だけの問題でもないのだろう、となると国交とか情勢とか戦争とか国と呼んだとき自分のことだと思っている連中の、そんな連中がどこにどれだけ本当にいるのかもわからないが、そいつらを意のままにさせておく連中にまで問題は網を広げていき、それはまた私も含めた一人一人に戻ってくるという厄介さ。でも私はこんな世界を1ミリも望んでいない、一度だって望んだこともない、つまり私は私もこの問題の責任の一端を担いでいるんだと、思わされているのだ。それにこそ抵抗しなければいけない。人類が戦争を望んだとかいうあれ、仕方ないなんて言うな!戦争なんて拒否します!って言え。みんながそう言えばいいのになぁ、私と一緒に。
倉庫を出るとといつの間にか外は土砂降りで、私は背をかがめて小走りで高松通りを渡り、自転車屋の軒先に置かれた学校の勉強机の上に放ったままになっていた鞄からスマホを取り出して確認しようとして、気づいた。
もう雨に濡れようが気にならない。雨なんて気にならないくらい、私はもう若い男にしか気が向っていない。身体の内がパンパンに膨れ上がって、そこにあるはずのない鏡には指先も顔も赤く上気した顔が映っていた、反して頭はとても涼しく澄んでいた。
上り框に置かれていた緑のマークの段ボール箱を左足で蹴飛ばした。
「あ、何するんで
私は、若い男の喉元に迅速に手が伸び、思い切り押さえつけていた。体の隅々まで余計な力みが消えており、男を掴む手は驚くほど力がこもっていた。男は歪めた顔で必死に自分の首と私の手の間に指を挟み入れようとしたが私の手はびくともしなかった。
「俺さ、もともと1日500円でいいよって言われたんだ。」
こういう時、なぜ声が低くなるのか。と言っても私がこういう時に遭遇するのは今が初めてなのだが。
「でも急に電気代が高騰しただろ。ロシアとウクライナがとか言って、それが原因にしてるだけだろうけど。それでひと月やってみて先月と比較してわざわざ俺が使う分の金額を割り出してくれたんだよな。それで1日2000円になったんだよ、電気代も「込み」で」
若い男は私を騙したのだ。

目が覚めた。
このあと、私はどうしたのか僕は気になっている。現実にこういうことが起こった時、僕はどうするだろう。僕は、現実で僕が私をこういう人間だと思っている私より、夢の中で行動する私を本当の自分だと思っている。たとえ現実でどれほどこうするぞと決めていようが、夢の中で行動できなければ現実でもできない。
このあと、僕は男から手を放し、殴るような隙は見せないし、殴るなら相手がそれを持って被害者ヅラできないよう方策を取る、どう取るかは全然わからないからまぁ夢でできるできない関係なく結局やり方を知らないだけなのだけど、とにかく殴ったりしないで、どうにか男をお天道様と約束できる者にしたいけれど、夢の私はあのあと一体どうしただろうか。

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