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たとえば川がたまらなく好きな男が

たとえばある男が川がたまらなく好きで、
いつでも川に浸っていられるように、
川から水をすくってきて風呂に入れたとする。で、そこに浸かってみた。
でもなんかちがう。

おなじように、
子どもをあまりに対象化しすぎると、なんかちがう、とならないだろうか。子どもというのはある関係性の状態であり、
その状態はいつでも動的なのであってみれば、
「子ども」であっても「こども」であっても、
対象として固定化してそこへむかって何らかの支援や援助をしても、
「なんかちがう」となりそうな気がする。

子どもに対して〜とか、子どもへむかって〜とか、
「なんかちがう」
子どもという関係性の状態を、共に生きることのほかない、
そういう気がします。

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