『映画を早送りで観る人たち』(新書)感想

本もちょこちょこ読んではいるのですが、お絵描きに時間を優先しているため感想文は久しぶりの投稿。2023新書・教養シリーズ9冊目。今回は話題のこちらの本です。

典型的な「今の若者はこれだから」論かと思いきや、メディアリテラシーや文化社会構造への鋭い考察が織り込まれた良書でした。

「オタクとは何か」を真正面から面白おかしく描いた傑作マンガ『トクサツガガガ』のファンとしては、より現代的な論点にも光を照らしてくれる、すぐれたサブ読本とも言える書。文芸作品、マンガ、映像作品(映画、ドラマ、アニメ)などを好む人はぜひ。ついでに『トクサツガガガ』も読んでね。


早送り視聴とはどのような視聴か。
なぜ早送り視聴するのか。
早送り視聴の背景にはどのような心理構造や社会事情があるか。

本書はこのような疑問点をさまざまな角度から検証します。

早送り視聴とは、主にネット配信のプラットフォームに実装されている早送り機能(1.25倍速、1.5倍速など;ちなみに0.5倍速などの「遅送り」もある)を利用し、通常よりもかなり短時間で映像作品を見る行為を指します。10秒飛ばし・30秒飛ばしや、興味のないシーンを見ずに省略する行為も含みます。いまの配信アプリは倍速視聴してもセリフが聞き取れるようになっていることが多く、また字幕があればセリフを聞き取る必要さえありません。

前提として、高速ネット網の整備と、タブレットやスマホの登場により、そもそも「早送り」が技術的に容易になっているという事情があります。加えて、いつでも無料で見られる「ネット配信」や、定額見放題である「サブスク」が、早送り視聴に対する心理的ハードルを下げている点も重要です。(ふだん早送り視聴をよくしている人に、「映画館で映画を見ていても早送りしたくなるのでは?」と尋ねると、「お金を払っているので大丈夫」などと答えるらしい)

この「ネット配信」や「サブスク」は、結果として映像作品の供給過多を引き起こしました。見るべきものが多すぎる。しかも見放題でいくらでも見られる。このため「たくさん見なければいけない→早送りで見たらいい」という発想に至る…………本当に??

わぁ、見たいものがたくさんある!  ←分かる

だから早送りして見ないと! ←分からん

別に早送りだろうがなんだろうが、好きに見たらいいと思うよ。楽しみ方なんて人それぞれ。でも、早送りするくらいなら見なくていんじゃね?と私なんか苦笑してしまうのですが……今の子(早送り視聴については若者に限った話ではないようですが)には、そうも言ってられない事情もあるようで。


「楽しむため」でなく「知るため」に見る

本書を読んでなるほどなと思った点のひとつ。

そういえば私も早送りして見るものがありました。ニュース番組やスポーツ中継です。配信されていたり、自分で録画したりしたニュースやスポーツ中継を、飛ばしながら見ることがあります。内容や結果だけ知りたいときなどに。

先日も競泳の日本選手権がやっていたので録画して見ましたが、レースとレースの間のインタビューや表彰式、控室のシーンなどはときどき飛ばしました。競泳ファンに言わせたらそういうのも重要なのかもしれませんが、私はレース以外はそこまで興味なかったので。レースの経過と結果は見たいけれど、合間合間の選手の表情なんかは別にいいかなって。長いし。

映画やアニメを早送りする人たちも、もしかしたらそういう感覚なのかもと思ったら、早送りなんてって気持ちもいくらか和らぎました。

そう、「知りたい」のだそうです。より正確には「知ってるってみんなにアピールしたい」。

知りたい。どんな作品なのかを手っ取り早く把握したい。だから「重要なシーン」だけピックアップできればそれでいい。ネットであらすじだけ読んだのでは「知ってる」とアピールしにくいため、いちおうは見よう、と。でも時間はないし、興味もそんなにない。もしつまらなかったら時間がもったいない。だから早送りで見る。……なるほど。

でもそこまでして「みんなにアピールしたい」理由は分からん。いわく、みんなの会話(リアルでもSNS上でも)について行くためなんだそうだ。話題の作品を知らないのは恥ずかしいのだろうか。知らないなら知らない、見てないなら見てないって正直に言えば足りると思うけど。SNSで常時つながっている状態をキープするには、かくも多大な労力が必要なのか。

アホらし、と一蹴するのは簡単だけど、当人らにとっては本当に切実なんでしょうね。


オタクになりたい

近頃、「オタクになりたい」「オタクっていいよね」と言ってはばからない人、若者が多いのだとか。キモい代表たる「オタク」がずいぶん昇格したものです。

分からないでもない。ナンバーワンではなくオンリーワンを「強制」された世代。ほかの人とは違う、何者かでなければ生きていけない時代観の中で、特定のものごとに異常に執着を燃やし、熱っぽく語ることのできる「オタク」は、蔑視の対象から尊敬の対象へと移り変わってきたのかもしれません。

でも、オタクにはなりたいけれど、時間も手間もかけたくないんだそうだ。自分好みの作品をコツコツ開拓したり、特定の作家や監督の作品を全部見たり、誰かの批評を読んだり議論を白熱させたり、といった行為は無駄・不快だと感じるらしい。とにかく誰かが言うおすすめの作品、ちまたで話題の作品だけを、旬のうちにできるだけ時間をかけずに見て、「あーあれ、見た見た、面白かったよね~」って肯定できればいい。

えっと? そんなん、オタクなわけないじゃん。

オタクって生来オタクなので。理屈もコスパも、ましてタイパなんてまるっきり無視して、愛と情熱で動くのがオタクなので。誰かのおすすめ? ちまたで話題? オタクはそういうのむしろ嫌いでしょう。

本書を読んで確信しました。私、完全に完全なるオタクだ。

うすうすそうじゃないかって気づいてたけど。笑



長くなってきました。このくらいにしておきます。

なかなか示唆に富む、考えさせられる本でした。

オタクの方もオタクでない方も。ぜひご一読されたし。


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