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【後半】シンガポール日系クリニックの機微

「日本人医師は、日本の医師免許だけで医業ができる代わりに、その業務内容が制限される(つまり、条件つきでシンガポールでの医師免許を与えられる)」
「条件つき医師免許を取得できる日本人医師の数にも、限りがある」
その根拠は何か?
そんな素朴な疑問から、この記事はスタートした。【前半】では、

  • 外国人医師(またはシンガポール以外の国の医学部で学位を取得した医師)がシンガポールで医業を行う際の免許登録条件

  • 外務省「日・シンガポール経済連携協定」等様々な文書に目を通した結果、「日本の医師免許を持つ者にシンガポールでの医師免許を与える際の条件や人数制限」に関して、そもそも協定に規定されていないことが分かった経緯

について記した。

経済産業省「2011年版不公正貿易報告書 第Ⅲ部 経済連携協定・投資協定 第3章 人の移動」より

 リサーチは引き続き続けているが、詳細なソースが不明な情報が引き続き散見される。

シンガポール医師会(SMA、Singapore Medical Association)発行「SMA News」2014年10月号より

 シンガポール医療評議会(SMC、Singapore Medical Council)による制限のため、日本人医師は専門医資格を持っていても、家庭医(GP)としての診療しか許可されない、とのこと。
 「日本の医師免許を持つ者にシンガポールでの医師免許を与える際の条件や人数制限」は確実に存在しているのに、その根拠が見つけられない。【後半】は、更にネット上でソースを小一時間探し続けた結果について書いていこうと思う。


「実施取極」「合同委員会」「附属書」が怪しい

 外務省「日・シンガポール経済連携協定」第7条「実施取極」、第94条「職業上の技能に関する相互承認に関する合同委員会」、附属書を、懲りずに少し読み込んでみることにした。

「実施取極」の内容

第七条 実施取極
両締約国は、この協定を実施するための詳細及び手続きを定める別の取極(以下「実施取極」という。)を締結する。

外務省「日・シンガポール経済連携協定」より

 いざ実施取極を読んでみると…

外務省「新たな時代における経済上の連携に関する日本国とシンガポール共和国との間の協定第七条に基づく日本国政府とシンガポール共和国政府との間の実施取極」より
外務省「新たな時代における経済上の連携に関する日本国とシンガポール共和国との間の協定第七条に基づく日本国政府とシンガポール共和国政府との間の実施取極」より

合同委員会についてちらりと書いてある程度だった。

「合同委員会」の内容

 もちろん「日・シンガポール経済連携協定」上でも、合同委員会については、さらりとしか書かれていない。

外務省「日・シンガポール経済連携協定」より
外務省「日・シンガポール経済連携協定」より

 合同委員会では「職業上の技能に関する相互承認に係る意見交換」「情報の交換を継続することの重要性が認識」されているため、議事録が閲覧できれば何かヒントが掴めそうだが、当然一般公開はされていない。

経済産業省「日・シンガポール経済連携協定のレビュー」より

「附属書」の内容

 では、協定本文でなく附属書の内容はどうか。

外務省「日・シンガポール経済連携協定 附属書IV第I部 各分野に共通の約束」より
外務省「日・シンガポール経済連携協定 附属書IV第II部 分野ごとに行う特定の約束」より

医師の数について、少し含みを持たせた記載がなされているが、やはり明記はされていない。

口上書は、ついぞ見つからず

 経済産業省「2011年版不公正貿易報告書 第Ⅲ部 経済連携協定・投資協定 第3章 人の移動」で言及された口上書も、現時点では見つかっていない(外交文書のため、そもそも一般公開されていない可能性が高い)。PCで調べる限り、「日本の医師免許を持つ者にシンガポールでの医師免許を与える際の条件や人数制限」について明記された文書は見つけられなかった。シンガポールへ赴任された医師から医師(やコメディカル)へ、口承されているのが現状なのだろうか。
 ラッフルズ・ホスピタルと共同でラッフルズ・ジャパニーズクリニックを設立した大西洋一医師(統括院長)は、日系クリニックと日本人医師採用を拡大した立役者の1人で、日系メディカルでコラム「大西洋一の『こちらシンガポール日本人駐在員診療所』」も執筆されている。その成功体験や苦労話を聞かせていただければ、謎は一発で解決する…かもしれない。ということで、長期でシンガポールに滞在している生き字引さんや、医療・外交事情通の方がいらしたら、是非事情を教えていただきたい。

 いわゆるツイシンあるいはシンツイ(Xを利用しているシンガポール在住日本人コミュニティ)で、適宜追い掛けるのもあり。

日本で活躍する外国人医師

 日本は現在、

  • イギリス

  • アメリカ

  • フランス

  • シンガポール

  • ドイツ

と二国間協定を締結しており、外国人医師等が日本国内で医業等に従事しやすくなる環境を整えている。その際、相手国での医業等を希望する日本人の医師又は歯科医師がいる場合には、原則、相手国側も環境を整えることになっている(協定締結の双務主義)。シンガポールに限らず、いずれの国に対しても「採用人数枠」「患者の対象範囲」「診療可能な医療機関」が明記されている。

 (…)シンガポールとの政府間協議を経て、平成14年1月12日に、自国の医師等が相手国で医業等を行うために患者の対象範囲や診療可能な医療機関、健康保険を利用しないこと等が規定されている包括的な文書を交換することで二国間協定が締結されました
(シンガポール人の医師等に係る受入れの枠組み)
 人数枠:医師7人
     歯科医師2人
 患者の対象範囲:外国人一般(シンガポール国民、その他の外国人居住者及び日本の港に寄港する外国船舶の船員のみ対象)
 診療可能な医療機関:
  埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府及びこれらの近隣府県内にある病院、診療所であって口上書に基づいて就労を許可された医師・歯科医師が運営するものではないもの

厚生労働省「二国間協定に基づく外国の医師又は歯科医師」より

出た、口上書!

 近年、双務主義にとらわれず、特区自治体から提案を行うことができ、相手国の了承をもって、診療対象等の拡大をすることも可能になっている。いつまでシンガポールに住み続けるか分からないが、将来日本へ本帰国する頃には、シンガポール人医師に出会うことがあるかもしれない。

参考:
・外務省「日・シンガポール経済連携協定」
・外務省「日・シンガポール経済連携協定改正議定書」
・Ministry of Foreign Affairs of Japan「The Japan-Singapore Economic Partnership Agreement (JSEPA)」
・経済産業省「ヘルスケア国際展開ウェブサイト」
・経済産業省「日・シンガポール経済連携協定のレビュー」
・経済産業省「2011年版不公正貿易報告書」
・厚生労働省「二国間協定に基づく外国の医師又は歯科医師」
・内閣府国家戦略特区「国際医療拠点での二国間協定に基づく外国医師の業務解禁」
・Singapore Medical Council「Register of Medical Practitioners」
・Singapore Medical Association「SMA News」(2014年10月号)

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