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1996年のテキスト型生成AI「NIFTY-Serve〈会話くん〉」との対話記録

 以下の文章は、1996年に上梓したユーモアミステリー小説『サラリーマンのためのパソコン入門講座 殺人篇』(アスキー・アスペクトノベルス)の一部を抜き出したものです。

https://www.amazon.co.jp/dp/4893665820

 すごい中古価格になってますが、品切れになると、自動的にこんんな値段がつくようです。

 それはさておき、この小説では、パソコン通信サービス「NIFTY-Serve(ニフティサーブ)」の中にあった今風に言えば「会話ロボット」や「チャットロボット」になる「会話くん」というチャットサービスと、登場人物の高齢男性が会話をするシーンを登場させました。実は、以下の文章は、実際に作者がキャラクターのつもりになって「会話くん」と対話した際のログをそのまま使い、途中にキャラクターの感想を追記したものです。

 ChatGPTなどの対話型生成AIが話題になっていますが、この「会話くん」や、その少し前にあった「人工無脳」、あるいは、それ以前に登場したELIZA(イライザ)などが、この分野のさきがけといえるかもしれません。

https://aismiley.co.jp/ai_news/ai-artificial-incompetence/

https://zero2one.jp/ai-word/eliza/

 そんな歴史を探る意味で、「会話くん」がどんなものだったかを紹介したいと思い、こちらに転載しました。お楽しみいただければさいわいです。




『サラリーマンのためのパソコン入門講座〈殺人篇〉』より:ニフティサーブ「会話くん」との対話

◆〈最初は、清水という定年まぎわのサラリーマンが、自宅で、ニフティサーブの「CBシミュレーター」というチャットサービスを使うシーンから〉

 清水は椅子に腰をおろすと、パソコンの電源スイッチを入れた。
 ブーンと冷却ファンが鳴りはじめ、カチャカチャとハードディスクが回転しはじめる。一五インチのディスプレイに文字が表示され、やがてジャーンという派手な音とともに、Windows95の画面がディスプレイに飛び出してきた。
 清水は、慣れた手つきで机の上のマウスを動かすと、画面の上に表示されていた〈ニフティマネジャー〉のアイコンにポインターを当てた。ポインターは、マウスの動きに合わせて異動する矢印の形をしたカーソルだ。
 マウスの右ボタンを押すと、アイコンのショートカット・メニューが表示される。清水はメニューのなかにある〈開く〉の項目にポインターを当て、文字を反転させると、左ボタンを押した。
 ――習うより慣れろとは、よくいったものだ……。
 清水は、ディスプレイにニフティマネジャーの画面が表示されるのを見ながら、そんなことを考えていた。
 ニフティマネジャーを起動すると、女性の声で『ようこそニフティサーブへ』という声が流れ出す。最初はびっくりして、「今晩は」などと応えてしまったが、ただの挨拶用の声だと知ってからは、その声も気にならなくなっていた。
 ニフティマネジャーは、大手商用パソコン通信ネットワーク〈ニフティサーブ〉にアクセスするための通信ソフトである。
 清水の買ったパソコンのハードディスクには、このソフトがオマケとして入っていた。このソフトとクレジットカードさえあれば、オンライン・サインアップという方法を使って簡単にニフティサーブの会員になれる仕組みだ。
 最初は操作法がわからなかったが、電話で妙子(註:娘)のアドバイスを得ながら、どうにか入会することができた。最初は戸惑うことばかりだったが、しばらく使ううちに電子メールの送信や受信もできるようになっていた。そしていまでは、暇さえあれば、ニフティサーブのなかをあちこち探検してまわっていた。
 趣味の将棋に関するフォーラムにも入会し、電子会議室で将棋ファンたちが交わすメッセージをニヤニヤしながら読んでいた。
 専用の対局ソフトを使うと、ニフティサーブを経由して、遠く離れた人と将棋の対局もできるらしい。だが、まだ仕組みがわからないため、手を出すのは控えていた。
 だが、今夜の目的は将棋ではない。三沢浩一たちが交わしていたチャットというものを体験してみようと思ったのだ。
 ニフティサーブの参考書も買ってあったので、それを頼りに〈CBシミュレーター〉というメニューに入ってみた。これはCB無線のパソコン通信版とでもいえるもので、同じチャンネルに集まる会員同士がお喋りを楽しむことができるという。
 ニフティマネジャーが、勝手にアクセスポイントに電話をかけ、ピーガーという音を発すると、突然、音が止まる。
『ニフティサーブに接続されました』
 女性の声が聞こえ、画面にニフティサーブのメインメニューが表示された。
 メニューをたどって〈CBシミュレーター〉のコーナーにたどり着いた清水は、案内にしたがって〈玉将〉というハンドル(ニックネーム)を設定し、会話がおこなわれているチャットルームに飛び込んだ。
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(ピエロ)はろはろ>玉将さん
(ダサイバー)こんば>玉将さん

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 チャットルームに入ったとたん、何もしていないのに、いきなり呼びかけられて、清水は度肝を抜かれた。「/U」というコマンドを入れるだけで、チャットルーム内にいるメンバーの一覧が表示されるのだが、清水は、そのコマンドを知らなかった。
 行動を監視されている――と清水は思ってしまったのだ。
 何と返事していいのかわからず、どぎまぎしているあいだにも、ほかのメンバーの会話は勝手に続いている。
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(ミキちゃん)うう……おなかすいた。
(吉宗)ごめん。ちょっとフォーラムにいってレスつけてたんで、遅くなっちゃった。
(ピエロ)ぽ>吉宗
(ダサイバー)ぽ>吉宗
(ミキちゃん)黙ったままだけど、CBは初めて?>王将……じゃない玉将さん

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 清水は、〈ぽ〉だとか〈レス〉だとか、わけのわからない言葉が飛び交うのを見て、目を白黒させていた。
 ちなみに〈ぽ〉は、〈おかえり{OKAERI}〉と打つつもりだったユーザーが、指をすべらせて〈ぽかえり{POKAERI}〉と打ってしまったのが発端で生まれたパソコン通信用語である。〈ぽかえり〉が、いつしか〈ぽ〉一文字に省略され、これだけで〈おかえり〉の意味を示すようになってしまったのだ。パソコン通信が日本に登場した直後に、アスキーネットというパソコン通信ネットの中で生まれた慣習だったが、いつのまにか他のネットにまで蔓延するようになっていた。
〈レス〉あるいは〈RES〉というのは〈レスポンス〉の略で、誰かのメッセージにコメントをつけることをいう。
 だが、パソコン通信の初心者が、いきなりパソコン通信の世界でしか通用しない用語を目にすると、その意味がわからずパニックに陥ってしまうものである。このときの清水も、まさに同じだった。
「うわ、ひえっ……」
 あわてまくった清水は、でたらめにキーを打った末に、他のメンバーから、チャットから抜け出すコマンドを教えてもらって、ようやく脱出することができたのである。
「ふう……」
 CBシミュレーターから抜け出した清水は、お茶を飲んで一息つくと、もういちどチャットにトライしてみようと考えた。
 しかし、若い人が多そうに見えるCBシミュレーターでは、会話についていけそうもない。ほかにチャットのサービスはないものかと思った清水は、〈FIND〉という機能を使って探してみることにした。
〈FIND〉のアイコンをクリックし、〈チャット〉と文字を打ち込んでから〈検索〉をスタートさせると、CBシミュレーター以外に〈会話くん〉というサービスが表示された。

◆ここから「会話くん」がスタートします

 そのサービスをマウスで選ぶと、すぐに〈会話くん〉の画面に切り替わった。案内を読むと、コンピューターが会話の相手をしてくれると書かれている。清水は半信半疑ながらサービスに入ってみた。
 最初に名前を入れる。ここでも名前は〈玉将〉にした。
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『いいよ、何か話そう』
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 名前を入れたとたん、いきなり画面に文字が出てきた。
 清水は、いささかあわてながら、「こんばんわ」とキーを打った。
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『あいさつは、人間関係の基本です』
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 いきなりコンピューターが、こんな返事をしてきた。清水は少しムッとなりながらキーを叩いた。
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「私が年寄りだと思って馬鹿にしてませんか?」
『いじめないで下さい』
「いじめているのは、あなたのほうでしょうが」
『どこで採れたしょうがが好きですか 玉将さん』

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 どうもこのコンピューターは、ダジャレで清水を煙に巻こうとしているようである。次第に腹が立ってきた清水は、コンピューターに負けてなるものか、とダジャレで反撃に出ることにした。
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「しょうがないことばかり言うな」
『私は、しょうがが好きです』

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 清水は〈しょうが〉から寿司のガリを発想し、即座にキーを打った。
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「私は寿司が好きです」
『どんなときに、寿司が食べたくなりますか』
「嬉しいときです」

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 まともに応えてしまってから、しまった、と思ったが、コンピューターの側から話題を変えてきた。
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『あなたは、社会人ですか?』
「そうです」
『ふーん、あなたは、社会人なんだ』

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 コンピューターのくせして、どうも会話の相手を小馬鹿にする傾向があるようだ。清水は、またもや、むかっ腹が立った。
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「文句あるのか」
『職場で好きな人は誰ですか?』

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 またコンピューターが話題を変えてきた。自分の形勢が不利になると、話題を変える傾向もあるらしい。
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「いません」
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 そっけない返事を返すと、コンピューターは話題を変えてきた。
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『仕事が辛いなと思うのはどんなときですか?』
「いつも辛いです」
『四川料理は辛いです』

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 コンピューターは、〈辛{つら}い〉を〈辛{から}い〉に読み替えてきた。清水は、なんとか相手のコンピューターをやり込めてやろうとやっきになりながらキーを叩いた。
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「カレーのほうが辛いです」
『カレーは辛いのが常識です』

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 ――くそおおおッ!
 清水は血圧が上昇するのを自覚した。
 ――これならどうだ!
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「甘いカレーもあります」
『誰の作ったカレーが、一番おいしいですか』

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 コンピューターは、やりこめようとすると、まるでその意思を見透かしたかのように、話題をはずしてくる。敵は手強いぞ――清水は、気を取りなおしながらキーを叩いた。
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「娘です」
『娘の趣味は、何ですか』
「仕事です」
『仕事はうっとおしいです』
「梅雨もうっとおしいです」
『今年は、雨の日が多いですか?』
「多いですね」
『多いってどのくらい』
「たくさん」

『たくさんのものと言えば』
「いずみたくさん」
『たくさんのものと言えば』
「ピンキーとキラーズ」
『ピンキーとキラーズってなあに?』
「歌のグループです」
『ピンキーとキラーズは、歌のグループですね』
「そうです」
『やっぱり』

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 ここで言葉に詰まり、しばらくキーを叩かないでいると、いきなりコンピューターがクイズを出してきた。
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『よく人を騙すのではないかと、疑われている鳥は?』
「九官鳥」
『いかさま師や、ペテン師をこう言いますよ』
「さぎ」
『当たりです、良く解りましたね』
「ばか」
『あなたは、ばかですか?』
「おまえがばかなんだ!」
『なんだと言われても』
「なんだかんだのムダづかい」

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 論旨がめちゃくちゃになってくると、さすがのコンピューターも困惑するらしく、また話題を変えてきた。しかも、へりくだってだ。
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『あなた様は、社会人ですよね』
「そうだ。文句あるか」

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 清水が尊大な態度で答えると、コンピューターも態度を変えた。
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『君は、社会人ですよね』
「うるさい。お前に君呼ばわりされる覚えはない」
『ふざけないで、なかよくしようよ』
「ふざけてるのはお前だ」
『ふざけてるってなあに?』
「調子にのるな!」
『ふざけてるは、調子にのるなですね』

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 ――むぐぐぐぐ……!
 清水は、このままでは高血圧で倒れてしまうと思い、いきなりパソコンの電源を切った。
 動いているプログラムをきちんと終了させないで、突然、電源を切ってしまうのは、パソコンにとって良くないことだ。それはわかっていたが、とても会話をつづける気分にはなれなかった。
「ふう……」
 清水は、ため息をついて、すっかり冷めてしまったお茶をすすった。
 その湯飲み茶碗を机の上に戻したとたん、
「――ああっ!」
 清水は、小さな声をあげた。


 いかがだったでしょうか? 「会話くん」との対話部分は、私がキャラになったつもりでキーを叩き、実際にやりとりした内容を、そのまま記録したものです。
 ヘリクツのこね方とか、形成が不利になると話題を切り替える機敏さとか、27年も前のサービスですが、ChatGPTよりも優秀な気がします(笑)。
 実際に試していますが、ChatGPTは「笑い」や「ギャグ」については、あまり得意ではありません。それでも鍛えれば、ギャグも作ってくれるようになるのでしょうか? ChatGPTでも試行錯誤してみたいと思います。

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