90日間の「雨の日の午前3時」を終えて
ひょんなことから始まった、古性のちさんとの共同マガジン、「雨の日の午前3時」。
雨が好きなこと、晴れではない、時間的にいうと日没、深夜。色でいうと薄い淡い青。曜日でいうと水曜日。
ふたりのイメージをお互い出し合ったときに、自然と出てきた名前だった気がする。
この名前やイメージが、とても気に入っている。あわよくばバンド名にしたい(たぶん曲調が限られてくる)。
そんな共同マガジンも気づけば3ヶ月経ったらしい。そんなことですこし振り返ってみたいと思う。
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思えばだれかと何かを始めて続いた試しがない。学生のときに組んだバンドぐらいじゃないかと思うぐらい。
続くかどうかの不安はあったけれど、それでもお話はもらったときは、面白そうだからやってみることにした。
何より僕の文章を読んでくれて、それで声をかけてくれたのだと思うと、やっぱり嬉しかったのだ。
もうずいぶんと前に書いたブログの記事だけど、自分のしたいことがひとつできたと思う。
帰りの夜道、リアルタイムで書いているのですが、この時間帯は無性にポエムみたいなものを呟きたくなります。
大抵ちょっと時間が経てば「なにポエミーなことつぶやいてんだ!消そう!」ってなるのですが、そのとき呟いたポエムこそ実は一番何にも染まってない本当の気持ちなのかなと。
それこそすごくネガティヴなことだったり、ちょっとした綺麗事であったとしても。
「そのポエムは一見着飾った言葉のように見えて、実はその人の本心が隠されている」なんてことは往々にしてあると思います。
「事実は小説より奇なり」という言葉があるように、現実の方がよっぽど不思議でファンタジーなこともあると。
そうであるならば、そんなポエムをもうここで書いてしまったらいいんじゃないかと、改めて今思ったわけです。
「自分の内面をうまくさらけ出せるようなエッセイが書きたい」っていうお話。
一方で、文書を書くことの難しさや変なプレッシャーを感じたのも事実。ひとりは文章と写真で共感を集める人、かたやもうひとりは何の実績もないやつだ。
本当に読まれるかどうかも怪しかった(いやそもそも読んでもらえると思うこと自体がおこがましいのかもしれないが)。
それでもすでに結果を出してる人と、そうでない人が外に出たとき、つい比べてしまうのが人間というものだ。
(文字に書くとなんだか重く感じるが、うわーどうしよー、ぐらいの気持ちだと受け取ってほしい)
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だけど、そんな変なプレッシャーと向き合いながらも書く文章は、いろんな発見があった。
一緒に文章を書く彼女は、圧倒的なファンタジーを、世の中に見せれる人だ。その美しい世界で時折見せる強さと弱さが、たぶん彼女の共感の源なんだと思う。
奇しくも彼女と同じ「旅人」だったからこそ、そんなファンタジーの書ける彼女がとても羨ましかった。なんでこんな文章書けるんですか!と彼女に何度言ったことか。。
そんなとき、ある方からむかし言われた言葉を思い出した。
佐田くんは頭の中はファンタジーだけど、本当は圧倒的にドキュメンタリーの人だよね。
彼がどういう意図で言ったのかは忘れてしまった(前者は皮肉だけど)。だけどなんとなく自分は、自分が見たもの聞いたものからしか、言葉を紡げないんだと感じた。
そう考えたとき、どこか、なんとなく吹っ切れた気がした。やっぱり僕は文章のどこかに僕を残さないと書けないのだ。だったら僕は僕の思うドキュメンタリーな文章をどんどん綴っていこうと。
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相変わらずどこにいても、雨は降ったり止んだりと、ややこしい天気である。本当に誰かの気まぐれで降ったり止んだりしてるのではないかと思うぐらいに。
だけどそれはおそらく、このマガジンも同じなのだ。
という雨という名にこじつけて、よくわからない言い訳をしてみた。たぶんまた、だれかの気まぐれで、雨は降る。そんな気がする今日この頃です。
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今回のアイキャッチ画像は、koukichi_tさんの「梅雨 雨の夜の渋谷の写真 みんなのフォトギャラリーに追加!」という記事から使用させていただきました。素敵な写真をありがとうございます。
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