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ソムリエという仕事をつうじて

ワインって素敵ですね。
こんなに多彩に魅力的な飲み物をぼくは他に知りません。
「ワイン、それはぶどうを発酵させて作ったお酒」だなんて、たんじゅんに説明されてもけっしてワインの魅力の秘密は解けません。

ぼくはときどき訊かれます、
「どうしてソムリエになったんですか?」
「これまでどんな経験をしてこられましたか?」
「どうやったらソムリエになれますか?」
ぼく自身も、いくらか不思議な気がします。
だって少年時代のぼくは自分がソムリエになろうなんて夢にもおもわなかったのですから。
人生ってめぐりあわせですね。そしてぼくの場合は兄の影響も大きい。

ぼくは元々、故郷の福井で鉄鋼業の会社員をやっていましたが、あることがきっかけでワインの魅力に触れ、おもいがけずワインを好きになって、会社員を辞めて東京へ出ました。
そして、あろうことか恵比寿の(当時)タイユヴァン・ロブションで働けることになり、そこで揉まれに揉まれながらも独学でなんとかソムリエ試験に合格します。
やがて料理人の兄と麻布十番に「エルブランシュ」という名のちいさなフレンチ・レストランをオープンし、お陰様で15年になります。

つまりぼくは四半世紀ほどソムリエの仕事を続けてきました。

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ソムリエの仕事って、どんなものでしょう?

それは、星の数ほどあるワインを体験し、味と香りを言葉にして、記憶し、さらにはワイナリーや生産者の物語を知り、膨大なワインを系統づけ、格付けと値段の関係を考察し、独自のワイン観を持ち、自分の言葉でそれを語り、レストランのお客様の予算と好みに応じて料理とワインのマッチングのアドバイスをおこない、さらにはレストランの予算と個性に合わせたワインリストを構成し、注文し、在庫管理することです。

でも、もちろんぼくだって最初からそんな仕事の全貌を知っていたわけではありません。
もしも最初からそんなことを知っていたら、きっとぼくはソムリエになろうなんておもわなかったでしょう。

そもそもぼくは二十歳の頃なんてまったくお酒に弱く、せいぜいビール一杯ぐらいを飲むていど。
また、学校の勉強は(商業高校だったので)簿記こそ好きでけっこう得意だったものの、ほかはほとんど苦手。記憶力も悪い。しかも極度の人見知り。
どうしても人前に立って話をしなければならないときは吐き気がするほど嫌でした。
ソムリエに向いていないカードをぼくはずらりと揃えていました。

しかし、そんなぼくもおもいがけずワインが好きになってからというもの、いろんなことを少しずつ学んでゆきました。
ぶどうの品種や、土地の違い、醸造法、造り手さんたちの物語、そして情熱的なワイン愛好家の人たちのこと・・・。
いつしか自分と違った種類の人たちにも少しは関心を持つようになり、やがて(仕事上では)人見知りも克服し、ソムリエを職業としてこれまで生きてきました。
もしもワインに出会わなかったなら、きっとぼくは故郷の福井で、あのまま鉄鋼関連の会社に勤めながら誰かと結婚して、その狭い世界で仲間たちとともに、それなりにたのしく生きていたことでしょう。
それはそれで悪くない人生だとはおもいますが、けれどもワインがぼくを少しずつ広い世界へと押し出してくれました。

ぼくはレストランでソムリエの仕事をつうじて、さまざまなジャンルで成功しているいろんなお客様に出会ってきました。
もしもぼくがソムリエになっていなかったらけっして出会えなかったことでしょう。
ワインの趣味を究めたお客様とそのよろこびを共有できたときは、ぼくもうれしい。
また、ワインビギナーのお客様がぼくのアドバイスを頼りにワインに興味をもって趣味を成長してゆかれたりすると、ぼくもまた幸福を感じます。

ぼくはワインに感謝しています。
なぜなら、ぼくはワインをとおして大きく視野が広がりました。
インターネットの発達とともに世界はどんどん狭くなってゆくこと。
そして経済がグローバル化している現実。
たとえばワイン批評家のアメリカ人、ロバート・パーカーの出現によって、世界中の人たちがかれの評価を気にする時代が生まれ、カリフォルニアワインが注目を集め、かつてのフランスワインのひとり勝ちな時代が相対化され、ひいてはニューワールドと呼ばれる世界各国のワインへの関心が生まれました。

しかし、2008年のいわゆるリーマンショックでカリフォルニアワインの伸びはいくらか頭打ちになり、他方、中国の経済バブルのなかでフランスワインの価格はどんどん高騰してゆきます。
ぼくはブルゴーニュワインを愛していますから、自分の大事な世界がどんどん遠ざかってゆくのを大いに哀しんだものです。
もしもこれから中国経済バブルが崩壊すれば、ワインの世界もまた大いに影響を被るでしょう。

ぼく自身はフランス料理のレストランで働いていますから、いちばんくわしく、また自信をもって語れるのはフランスワインですが、フランスと同じぶどう品種を使っているカリフォルニアやチリにも親近感を持っていますし、また南アフリカのワインにも好奇心を抱いています。
逆に、ぶどう品種の体系およびワイン法の違いによって、イタリア、ドイツ、スペインなどのワインについては、ソムリエ試験のために勉強したとはいえ今となってはほとんど忘れてしまいましたし、ぼくにはもう別世界のようでなにがなんだかまったくわかっていません。

次に、ぼくはひそかにおもっています。
もちろん知識は大事だし知識のアップデートも欠かせないけれど、ただし、いちばん大事なことは、さいしょはどんなに頼りなく感じようとも、自分の感覚を信じ、大事にして、自分の感覚を育て、自分の美意識を確立し、そしてワインをつうじて世界を、そして人生を愛することでしょ、って。

ぼくのワインの美意識は、あくまでも、シャルドネ、ピノ・ノワール、アリゴテ、ガメイを中心にしていて、けっして近年のソムリエ試験に要求される広い範囲に対応してはいません。
くれぐれもソムリエ試験攻略本的な期待をなさらないようにしてください。
あくまでも、ぼくみたいなタイプのソムリエもいるんだな、なるほど、こういう道筋で、フランスワイン至上主義でありながら、それであってなおニューワールドのワインにも趣味を広げてゆけるんだな、なるほど、ワインを好きになると、人生がいっそう素敵になるんだな、と、そういう方向で読んでくださると、ぼくはさいわいです。


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