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コンクール

 私は十年以上前にクラシックギターを習い始めて、今も下手の横好きの趣味として続けている。いちおうギターという楽器の本流ではあるけれど、愛好家は少ない。マイノリティである。むしろ、エレキギターや鉄弦のアコースティックギターを愛好する人の方がよほど多い。

 それでも、ヤマハなどの楽器メーカーや楽器商が主催する大人の音楽教室には、たいていクラシックギターを教える先生がいらっしゃるし、もちろん個人でギター教室を運営して生徒を教えている先生も沢山いらっしゃる。日本全国でどのくらいクラシックギターの人口があるかというと30万人という推計をした方がいらっしゃる。日本の人口を1億2千万人として0.25%、400人に一人。まあ、そんなものかも知れない。

 さて、実にビミョーな規模のクラシックギター人口だが、アマチュアにも、名手と言って差し支えない技術、知見とも優れた方が時々いらっしゃる。そういう方々の中にはアマチュア愛好家向けのコンテストに入賞したような方もおられる。

 そして、そういう方からよい影響を受けて自分もコンテストに参加して賞を目指す愛好家もまたおられる。たしかにコンテストを目指して日々練習に励んでいる人は技術的に上達しているなぁ、と感心することがある。ご本人も高い目標を掲げることで、やり甲斐を感じていることと思う。

 既に一定の技術水準があって、なお更に向上を目指す方にとっては、コンテストという目標を目指すことは大いに効果があるようだ。私は、コンテストに参加するつもりは毛頭ないけれども自分が教わっている教室の発表会にはなるべく参加するようにしている。

 教室の発表会では、先生から個別に評点をもらったり、講評を受けたりするわけではない。それでも、期限を切って人前で演奏を披露することを目標にすると、レッスンでの真剣味も増し、日々の練習の積み重ねによる技術の向上も加速するというものである。

 私は教室の発表会で十分であり、コンテストに参加することを考えたことはない。理由は二つあって、一つは年齢的なこと。毎日、練習をしている限り自分のペースで向上していくはずだが、若い人と比べると上達は遅い。技術の向上を目的としてコンテストに参加しようとは思わない。

 二つ目には、アマチュア愛好家が楽器を習う目的は、人様に聴いていただいたり、人様に教えるようなことよりも、自分がギター音楽に親しむところにあると考えているためである。だから、自分がいいなぁと感じる曲を自分なりに弾けて、自分なりに上達していければ、それでよいのである。

 同様の理由でグレード試験にも興味はないのだが、もちろん、コンテストに興味をもって参加する人が増えれば、それだけアマチュアの技術も底上げされていくことだと思う。ただ、コンテストについては少しだけ気になることもある。

 コンテストには主催者が予め決めた課題曲と出場者が自ら選ぶ自由曲とがある。コンテストの規模にもよるが、予選が二段階ある場合は、課題曲の演奏を録音して送付して、まずふるいにかけられる。そこを通過するとホール会場で、もう一つの課題曲を演奏し、それを通過して初めて、本選に出場して自由曲を演奏するという順序になる。

 そこで課題曲なのだが、クラシックギターを先生に就いて学んだ一定以上のレベルの人ならば、たいてい弾いたことはある基本的な曲が課されるようだ。人から聞いた話では、タレガのラグリマ、ソルのカンタービレ、サグレラスのマリア・ルイサ、フェレールのタンゴ3番といった具合である。

 それに対して自由曲は、出場者が好きで得意とする曲だから、人それぞれ様々である。ここで問題は本選に出場できる人は応募者の中の一握りだということである。課題曲は毎年変わるけれども、基本的な曲から選ばれるので、知っている曲や弾いたことがある曲が多い。おさらいにはなるが、レパートリーが増えるというわけではなさそうだ。

 そして、残念ながら多くの人は予選で落ちて、翌年は本選に出場すべく捲土重来を期すのだが、今年本選に出場できていれば、そこで弾いたはずの得意な曲に更に磨きをかけていくことになる。そうすると、演奏技術は練れて向上していくのに対して、レパートリーはあまり増えないことになる。

 ちょっとしたジレンマかも知れないが、何事にもメリットとデメリットがあるのが世の常だから、そこは認識しておくべきだろう。また、ヴァイオリンの千住真理子さんが子どもにヴァイオリンを習わせている人にこういうアドバイスをしたことを憶えている。

 曰く、コンテストは特殊な基準で演奏を評価するもので人を感動させる演奏とは違うから、コンテストが終わったら(子どもには)忘れさせたほうがよい、という趣旨だったと思う。コンテストも使い方を考えた上で挑戦すべきで、必ずしも入賞に拘らなくてよいのかも知れない。


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